Beethoven: Creatures of Prometheus Op.43, Symphony No.3 Op.55 "Eroica"

現在、モントリオール交響楽団、バイエルン国立歌劇場、バークレイ交響楽団およびバークレイ・アカデミー・アンサンブルの音楽監督のポストを兼任し、世界で最も多忙な指揮者の一人ケント・ナガノ。オーケストラ曲からオペラまで古今東西の音楽作品の膨大なレパートリーを渉猟し、そのいずれにも彼独自の個性を刻印した充実した演奏を聴かせてくれます。そのケント・ナガノが、2008年よりソニーBMGマスターワークスと契約し、現在音楽監督をつとめるモントリール交響楽団を指揮して、継続的なレコーディング・プロジェクトを開始しました。新訳に置き換えた「ベートーヴェン：「エグモント」と「運命」（RCA）」、あくまでも書かれた音を忠実に再現し感覚的で知的でしなやかな「マーラー：大地の歌（SONY）」。バイエルン国立管弦楽団との初稿版による「ブルックナー：4番（SONY）」など、それぞれ話題となり高い評価を得てきました。
今回のアルバムでは、ケント・ナガノならではの個性的なベートーヴェン・プロジェクト第2弾となります。これまでさまざまなレーベルから膨大なレコーディングを発表してきた彼ですが、ベートーヴェン作品については、ベルリン・ドイツ響とのこの「英雄」についてのドキュメンタリー映像（ARTHAUS）がありますが、それをさらに発展させた演奏で、現在密接な関係にあるモントリオール響との新感覚なベートーヴェン演奏を感じ取ることができるほど、当アルバムは大きな価値を持つといえるでしょう。
ソニー・ミュージック

For this 2011 Sony release, the theme of "Gods, Heroes, and Men" is used to bring together five selections from Ludwig van Beethoven's ballet, Die Geschopfe des Prometheus (The Creatures of Prometheus), and his Symphony No. 3 in E flat major, "Eroica." Obviously, Beethoven's heroic middle period wouldn't be what it is without the "Eroica" Symphony, and the work's historical connection to Napoleon Bonaparte makes this piece more intriguing, while the myth of Prometheus has resonance in the ideas of early Romanticism and certainly ties in with the godlike image Beethoven encouraged about himself. But trying to develop some unifying raison d'etre for this CD (by way of the enhanced bonus tracks, which contain narration of the Prometheus story in English and French by Lambert Wilson) creates almost too much weight for it to bear. The musical link that makes this pairing of works interesting is the quirky theme found in the Finale of the ballet, which Beethoven developed further in the Finale of the "Eroica" Symphony. This is a significant association that shows how Beethoven made use of his materials between works. But this barely justifies the inclusion of the five movements from The Creatures of Prometheus, when the symphony is plainly the most important work and deserves to stand on its own. Kent Nagano's performances with the Orchestre Symphonique de Montreal are attractive, with an agreeable mix of grace and robustness, and the sound of the recording is good, with a wide dynamic range and tone colors that are rich, if too evenly blended. This is an enjoyable album on musical terms alone, but the attempt to find deeper meaning by linking Beethoven, Prometheus, and Napoleon is unnecessary window dressing.

ケント・ナガノとモントリオールと言えば、2008年4月の来日公演を思い出す。その時の曲目は《牧神の午後への前奏曲》、《海》、《トリスタンとイゾルデ～前奏曲と愛の死》、そして《アルプス交響曲》。何より感心したのが、その美しくカラフルな音色とハーモニーの美しさ、フォルティッシモでも常に明快で、全ての音が透けて見えるかのような透明感だ。また、常に余裕があるのでどれだけオケが鳴ろうとも全くうるさくないのである。ただし、これだけなら前任音楽監督、デュトワの時にも言えたことではある。ナガノは、そこにさらなるダイナミックさを付加させることに成功した、と思う。《アルプス交響曲》では、従来の彼らの実演やCDで中々聴いたことのないリズムの踏み込みと骨太な表現が聴けたのだが、このことは来日公演後に発売された『運命』や大地の歌でも確認できる。さて、そこで今回の彼らの新譜、ベートーヴェン・プロジェクト第2弾の『英雄』と『プロメテウスの創造物』抜粋。こう書いてピンと来るだろうが、プロメテウスの創造物の終曲のメロディが『英雄』終楽章の変奏曲の主題に転用されている。まあこれだけならちょっと気の利いた指揮者の考えそうなプログラム・ビルディングではある。ただし、それは表面的な繋がりであって、このCDのコンセプトは当初ナポレオン(人間的意志力の象徴)に捧げられた『英雄』交響曲、と、それと音楽的な関連を持つ『プロメテウスの創造物』──ギリシャ神話でのプロメテウスとは、天上の火を盗んで人類に与えたことで、ゼウスの不興を買いカウカソス山に鎖で繋がれる──を並列させ、今現在の人間の「神」(それはキリスト教的な神でもよいし、汎神論的なものでもよい)に対する謙虚さを問うている、と読める(筆者などは、傲慢な人間による完全な「人災」原発震災を想起するのだが、突飛だろうか?)。ナポレオン=プロメテウス＜ゼウス?要は2011年におけるベートーヴェンのアクチュアリティ。ちなみに、当CDの副題が「GODS、HEROES AND MEN」。演奏について触れる余裕がなくなってしまったが、前作の『運命』以上に素晴らしい美演(この言葉を使いたくなる!)である。
intoxicate (C)藤原聡