97年3月、24歳の若さで凶弾に倒れたノトーリアスB.I.Gの伝記映画「ノトーリアス・B.I.G.」。昨年1月の全米公開から1年半、スクリーンでの観賞が叶わなかったのは残念だが、ひとまずはこの日本盤DVDのリリースを素直に喜びたいと思う。「ソウル・フード」(97年)で知られる監督のジョージ・ティルマンJrがメガホンを握るのはこれが9年ぶりの3本目、役者陣もアンジェラ・バセットやアンソニー・マッキーらを除くと馴染みのある顔は少なく、熱心なビギーのファンならずとも若干の不安と寂しさを覚えるスケールではあるが、堅実な作りに好感が持てるなかなかの力作に仕上がっている。ビギー役のグレイヴィことジャマル・ウーラード、リル・キムを演じる元3LWのナチュリ・ノートンなど、これが銀幕デビューになったアーティスト勢の演技も決して悪くない。
デビュー前のストリートでのフリースタイル・バトル、ミスター・シーや50グランドのサポートを得てのデモテープ制作、当初そのポップなビートに激しい抵抗感を示したという”Juicy”のレコーディングなど、数々の伝説が次々と映像で再現されていく展開には流石に興奮するが、劇中で比重が置かれているのは作品にまつわるエピソードよりもむしろ2パックとの友情と確執、そしてビギーを取り巻く4人の女性たち--母ヴォレッタ、ベイビー・ママのジャン、愛人リル・キム、妻フェイス・エヴァンス--のタフな生き様だ。なかでもひときわ鮮烈な印象を残すのが一連のフェイス絡みのシークエンスで、ビギーの<お前の笑顔は世界一だよ>というセリフと、”You Used To Love Me”が内包する哀しみとのコントラストは壮絶。ある意味では、ビギーよりもフェイスの曲の<鳴り>が変わる映画と言えるかもしれない。なお、少年期のビギーを彼の実息クリストファー・ジョーダン・ウォレスが演じているほか、ビギーのフリースタイル・バトルの相手がレッド・カフェだったりと、マニア泣かせの仕掛けも随所に施されている。
bounce (C)高橋芳朗
タワーレコード(vol.324(2010年8月25日発行号)掲載)