私たちが抱いているヘルベルト・ケーゲルのイメージとは、交響曲や管弦楽曲の名指揮者である。何かにつけ徹底的なやり方をするケーゲルであれば、ひとりですべてを仕切ることができる楽曲のほうが向いていると想像されるのも当然だろう。事実、協奏曲の録音は、ブラームスのピアノ協奏曲などごくわずかを除いて、今までほとんど発売されてこなかった。今回は珍しくも彼が伴奏指揮をした記録が発表されるわけだ。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、実に柔らかい響きの第1楽章で始まる。このベートーヴェンとしては並はずれて抒情的な、夢見るようで、シューマンやメンデルスゾーンの世界に近い作品を、ケーゲルは、非常にやさしい手つきで扱っている。彼の演奏は、だいたいの場合、非常に線がはっきりした抽象絵画、あるいは熱い情念が吹きこぼれるような表現主義絵画のようなことが多いのだが、これは淡い色の水彩画のようである。旋律はとても大事に歌われ、平和で穏やかな美しさが満喫できる。しみ入るような幻想的な味わいは、ドイツの演奏者ならではだ。
ピアノは、かつてドイツの実力派として知られていたハンス・リヒター=ハーザーで、ケーゲルが率いる管弦楽に比べると、対照的にがっしり感が強い。第1楽章よりも第2楽章がいい。内省的で、ちょっとベートーヴェンの最後期のソナタのような深い趣を持つ。これは非常に聴き応えがある。このピアノに、非常に注意深いオーケストラが付き添う。特に第3楽章へと移行する前の弱音部分はすばらしい。そして、フィナーレは両者とも一挙に疾走を始める。リヒター=ハーザーは死の2年前というのが関係するのか、ミスタッチが目立つが、やりたい音楽はよくわかる。
ピアノ協奏曲第5番は、同じ演奏者どうしの共演だが、時期的に7年早いだけあって、ピアノはいっそう確実だ。もちろん颯爽とした管弦楽ともども、第4番よりいっそうストレートに音楽を進めていく。
ところが、第2楽章ではとろけるようにロマンティックになるのだ。ピアノの上がり下がりやトリルはまるで愛撫するようで、第1楽章とのコントラストは強烈だ。第3楽章でも、力強さと官能性の両方を楽しめる。
[許光俊氏による広告用原稿文章を転載致しました]
タワーレコード(2009/04/08)
リヒター=ハーザーV.S.ケーゲル
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」
ハンス・リヒター=ハーザー(1912-1980)は、ドレスデン生れですから、ケーゲルとは同郷ということになります。ベートーヴェンの権威として知られ、PHILIPSへのソナタ録音は、華麗さ、派手さを廃した実に渋く、そして魅力的な音色で名盤の誉れ高いものです。そのピアノの音はきらびやかさを意図的に否定しつつも郷愁を誘う泣かせる音色と申せましょう。EMIへは、カラヤンとブラームスの協奏曲、ジュリーニとのベートーヴェンがありますが、晩年の演奏は、Kontrapunktのザンデルリンクとの共演盤くらいです。ケーゲルの定評あるベートーヴェンは、さすがにベートーヴェンらしい格好良い場面展開を強調しながらも繊細でしみじみとした味わいを見せてくれるのも興味深いところです。日本語解説付[コメント提供;東武トレーディング]
発売・販売元 提供資料(2009/04/08)