【TOWER RECORDS 2006 年間 TOP 40 SELLERS】CLASSICALチャート26位
タワーレコード(2009/04/08)
テンシュテットのやり方がミュンヘン・フィルに大きな負担を強いたであろうことは想像がつく。つまり、それはこういうことだ。テンシュテットの音楽においては、個々の楽器の特性や表現力が限界まで強調される。たとえば、この交響曲第5番のあちこちに登場する木管楽器のソロに耳を傾ければわかるだろう。もとより、ショスタコーヴィチの音楽は一種協奏曲的な色彩が強く、奏者にとってはなかなか手強いということを私たちはとっくに知ってはいる。が、それにしてもこれほどまでにソロの表現力に賭けられた演奏も稀である。まるでオペラの主人公のような密度の高い表現が奏者のひとりひとりに要求されているのだ。テンシュテットは若い指揮者たちに、いいオーケストラを指揮しろと常々言っていたが、こうした音楽を目指す人であれば、しごく当前に違いない。一般論として、ドイツのオーケストラの特徴は、各楽器が飛び出してしまわず、全体としてひとつの調和体であろうとする点にある。その典型がドレスデンのシュターツカペレであり、奏者たちが何はばかることなく名技を披露したがる1980年代以降のベルリン・フィルはむしろ例外なのである。だが、テンシュテットはこのドイツの常識をあえて踏み越える。たとえば第3楽章での木管楽器をはじめとするソロの扱いなど、作曲者はこの表現力が欲しかったのかと思わされるほどに濃い。1970年代のミュンヘン・フィルはなるほど、ルドルフ・ケンペとともに立派な音楽的成果をあげていたかもしれないが、決して名手が居並ぶようなオーケストラではなかった。といっても、それはここでのミュンヘン・フィルがまずいという意味ではまったくない。それぞれのパートが十分な力量を持っていて、凸凹がない。ケンペの音楽はテンシュテット的なものからはずっと隔たるものだったことを考えれば、テンシュテットがこのオーケストラにやらせた音楽の特異性がよけいはっきりするだろう。ドイツの楽団がショスタコーヴィチを演奏した際に共通して表れる特徴だが、ロシア、ソヴィエトの演奏団体のようなとりつく島もないような冷たさが後退し、むしろ柔らかい味わいが出てくる。ことに弦楽合奏などはそうだ。第2楽章など、ちょっとのどかなマーラーのスケルツォのようだ。たっぷり歌う第3楽章では、ブラームスのようなやさしげな情感がにじみ出る。じっくり腰を落としたこの楽章の濃密な表現が全曲中で一番の聴きどころかもしれない。演奏頻度こそ多くなかったものの、この曲がすっかりテンシュテットの手の内に入っていることは疑いない。[本盤の許光俊先生執筆による日本語ライナーノートより抜粋の上、転載させていただきました。]
タワーレコード(2009/04/08)
WEITBLICK~“テンシュテット・エディション”第2弾!
まさかの共演、仰天の演奏内容!テンシュテット指揮ミュンヘン・フィルのショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」!
日本語解説、日本語帯付!
誰がこの組合せを想像できたでしょうか!何と鬼才テンシュテットがあのミュンヘン・フィルを指揮した唯一の録音。しかもバイエルン放送によるスタジオ録音という信じがたいシチュエーションでの共演です。テンシュテットとミュンヘンとの縁はいくつかのバイエルン放送響との共演で確認済みですが、特にこの音楽都市と密接だったというわけではありません。それなのに、なぜ「チェリ以前」のミュンヘン・フィルとこうしたセッションがなされたのか、興味は尽きません。それはさておき、内容が尋常ではないのです。演奏家が極限状態で繰り広げる凄演としか言いようのないシリアスでパワフルなテンシュテット節が炸裂。弱音の美しさも特筆モノです。楽器同士でなされる間断なき対話が隅々まで聴こえる点も、いかにもドイツの名門オケらしい所です。録音も非常に分離が良く、幅広い音色変化による快感を得られます。テンシュテットはこの第5番「革命」を愛奏しましたが、初CD化レパートリーです。フィルアップのヤナーチェクも初出レパートリーです。なにゆえ、この希少な作品をテンシュテットが取り上げるのか?それは、このスタイリッシュで、緻密な演奏を聴けば理由がはっきりします。WEITBLICKのテンシュテット・エディションは、未亡人との良好な関係を背景に今後も継続します。ご期待下さい。[文面提供;東武トレーディング]
発売・販売元 提供資料(2009/04/08)