オーストラリア出身4人組ギター・ロック・バンド、ザ・ヴァインズのサード・アルバム。メンバーのインタビュー映像を収録したCD-Extra仕様。 (C)RS
JMD(2010/06/14)
正直なところ、いままでヴァインズに対してあまり肯定的な感情を持っていなかった。過去の偉大なバンドたちに対するリスペクトの念は感じられても、それが逆に足かせになっている気がして、彼らのサウンドに強固なリアリティーを感じられなかったのだ。ところがどうしたことか、2年ぶりとなるニュー・アルバム『Vision Valley』はやけに心に引っ掛かる。異様にブットい轟音で直進する冒頭の“Anysound”がイイ。目眩がするほどサイケデリックな最終曲“Spaceship”がイイ。他にもキャッチーなポップ・チューンもあれば、ガレージやグランジもあったりとアレンジは多彩だが、とにかくひとつひとつの音に迷いがない。この〈迷いのなさ〉がイイのだ。ではその理由はどこにあるのか? 前作での酷評、その後に起きたクレイグ・ニコルズの精神錯乱と傷害容疑での起訴、そしてベーシストの脱退。バンドは間違いなく崩壊寸前にあった。誰もが〈ダメだこりゃ〉と思っていた。ところが、彼らは蘇ったのだ。それは残ったメンバーたちのクレイグに対する真摯な努力と友情の結果でもある。この梶原一騎の世界ばりの危機を乗り越えた男たちに、迷いなどあるはずがない。いま出したい音をいまの心意気で演奏する。そんな原初的衝動がここにはある。模倣でも模索でもないヴァインズそのものがある。本作は彼らの(魂レヴェルでの)真のデビュー作であるのと同時に、挫折と努力と確信が詰まった輝ける男の星座でもある。実に潔く、カッコイイ。誤解しててスマン!
bounce (C)北爪 啓之
タワーレコード(2006年04月号掲載 (P70))
ヴァインズはここに至るまで、生半可な常套句では表現しきれない転落人生を経験している。かつてはオーストラリア・シーンの救世主と目され、ストロークスやリバティーンズらと共に新世代ロック・ムーヴメントの中心にいた栄光の日々から一転して、彼ら(というよりむしろヴォーカリストのクレイグ・ニコルズ)は生死の境を彷徨う悪夢に繰り返し苛まれることとなった。メンバー同士の不和やドラッグ、クレイグが陥ったアスペルガー症候群、そしてメンバーの脱退・・その頃の状況を知るファンならば、よくぞ戻ってこれたものだと思うだろう。しかしこうして2年ぶりに届けられたサード・アルバムは、そんな心配を吹き飛ばすかのような素晴らしい内容に仕上がった。もはや、〈奇跡のカムバック・ストーリー〉やかつての〈ニルヴァーナ+ビートルズ〉的な安易な形容も、このアルバムの前では無意味に等しいほどである。魂を振り絞るようなシャウトと優しい囁きを繰り返すクレイグのヴォーカルは開放感に満ち、サウンドもハッキリ言って病み上がりのバンドとは信じがたいほどに練り込まれている。かつてあった〈痛々しくも愛しい〉という姿から大きく変化を遂げているが、それは決して〈成長〉と生易しく呼べるものではない。ただそこにあるのは地獄の淵を目に焼き付け、そして劇的に生還を果たしたクレイグ・ニコルズという人間が歌うべき“Get Free”だけである。そう、ついに彼らは自由を勝ち得たのだ。
bounce (C)加賀 龍一
タワーレコード(2006年04月号掲載 (P70))