日本における本格推理小説のゴッドファーザーとして、あるいは怪奇幻想小説の魔術師として、いまなお大きな影響を与え続ける江戸川乱歩。その幻惑に満ちたパノラマ世界を、4人の映像作家がオリジナリティーたっぷりに描いたのが「乱歩地獄」だ。
本作がたんなるショート・ストーリーズとひと味違うのは、全話で登場する浅野忠信の存在。
たとえば第1話「火星の運河」。浅野は荒野を彷徨う謎の男を演じているが、セリフなしで、まるで舞踏家のように肉体で物語る。SUPERCARをはじめ、数々のプロモ・クリップを手掛けてきた竹内スグル監督のシャープな演出と、池田亮司の音楽も相性抜群だ。続く第2話「鏡地獄」と第3話「芋虫」で、浅野は明智小五郎に変身。長髪の名探偵は、まさに世紀末ロマンに相応しい。鬼才、実相寺昭雄監督による「鏡地獄」では、成宮寛貴と対決。ここでは引きの演技に徹する浅野に対して、全身から官能がしたたるような成宮の演技がキワどい。鏡を小道具にした、実相寺監督のトリッキーな映像センスも炸裂! 佐藤寿保監督「芋虫」では怪人二十面相役に松田龍平が登場して、浅野とは「御法度」以来の共演が実現。それにしても、双眼鏡でお互いを観察する明智と二十面相は、どこか共犯者めいている。そんな妖しくも美しい男たちに挟まれた紅一点、岡元夕紀子の硬質なエロティシズムも観逃せない。音楽は大友良英が担当、正統派乱歩趣味を貫いた一編だ。そして、最後の第4話「蟲」では、浅野忠信の〈役者神経〉が全開。緒川たまきが演じる女優をめぐり、浅野は二役を演じているが、死体と暮らしながら発狂していく男の内面を、浅野ならではの瞬発力とリアリティーで演じ切る。初監督となった漫画家カネコアツシの演出も狂ったユーモアを滲ませて、強烈な印象を残す異色作だ。浅野忠信という役者の持つ透明さを軸に、頽廃とモダニズムで綴じ合わされた江戸川乱歩の世界。エンディングでかかる、ゆらゆら帝国“ボーンズ”の白昼夢めいた旋律がハマりすぎ。
bounce (C)村尾 泰郎
タワーレコード(2005年11月号掲載 (P119))