ロック、ポップス、ヒップホップのジャンルから名盤をセレクトして低価格で発表する"SUPER NICE PRICE 1470 II"シリーズ。2002年に発表のソロ・アルバム。 (C)RS
JMD(2010/06/14)
〈ジャンル・ツーリスト〉と揶揄されるくらい、近年の多彩なコラボレーションの数々は、実にこの人らしい。80年代からいろいろ前科があるからさすがにもう驚きはしないが、才能と好奇心が枯渇することなく傑出した作品をコンスタントに作れるってことは、やはりスゴイことである。久々の新作と聞いても期待感はそれほどなかった。が、聴いてしまえばやはりそこに抗いがたい魅力を発見せずにはいられない。6年前の前作『All This Useless Beauty』(昨夏ボーナスCD付きでリイシュー)はアトラクションズ名義にしてはずいぶんと大人しい仕上がりだったが、今回は常套に走らない奔放なアプローチが目立つ。しかもロックンロールのダイナミズムとスウィング感はちゃんと保持しつつ、おもにリズム面で新機軸を打ち出そうという気分が濃厚だ。コステロ自身、ディストーションやトレモロのかかったギターを掻き鳴らす一方で、DJユースのサンプラーやシーケンサーをプログラミングし、バンド・サウンドにこだわらないフレキシブルな創作に興じている様子までも伝わってくる。イタリアン・ポップスの女王、ミーナの声をループさせたエキゾチックなバラード“When I Was Cruel No.2”などはその最たる成果だろう。そのほかのトラックでも、洗練を故意に欠いたような、ルードな音の出し入れをアクセントにしたり、あの暑苦しいヴォーカルとスリリングに渡り合うブラス・サウンドをブチ込んでみたりと、良い意味で落ち着きがない。芸歴25年、貪欲にして頑固なアーティストのアンチ・スタンダードな着地点がここに。
bounce (C)荒田光一
タワーレコード(2002年04月号掲載 (P78))
エルヴィス・コステロとのリアルタイムでの最初の出会いは『Punch The Clock』で、しかし正確にはタモリの〈オールナイトニッポン〉における自慰行為と絡めた〈こすってろ!〉というネタなんだがこれは余談、次に聴いたのが『Trust』(近所のレコード屋にはこれしかなかったのだった)という僕にとって、コステロとはリズムの人であった。とはいえ、世界のリズムを博覧する、ってなアカデミックな感じではなくロックンロールに豊かなニュアンスを与えるリズムの多彩さ、ってな軽い意味で。バラエティー番組において男女のええ感じシーンには必ずと言っていいほど流れる“She”だとか、小倉ナニガシの入場テーマ曲として某TV番組で毎朝流れる“Veronica”だとか、もちろんいい曲なんだけど、それだけじゃないっしょ?ってのはあって。そんなワケで久々に溜飲の下がったこのたびの作品。イイ! 〈リズムのコステロ〉の帰還だ! とはいえ狂騒的なロックンロール・ビートはごくわずかで、ちょいダウナーなムードの曲におけるリズムのニュアンスがことのほか素晴らしいわけで。ま、リズムに限らず、音像全体が装飾過剰の対極をいく水墨画のような濃淡くっきりさで、どこかコーネリアスの最新作を彷彿とさせる良さがあったりも。んなわけで、寝てる客を演奏中にもかかわらず殴り起こしに行ってた、談志ばりのアグレッシヴなコステロを知らん若いリスナーにこそ聴いてほしい。なぜ「熱中時代・刑事編」の水谷豊がコステロのヘア・スタイルを真似していたかがよくわかるはずだ(多分)。
bounce (C)フミ・ヤマウチ
タワーレコード(2002年04月号掲載 (P78))