これまでゴンザレス鈴木により半ばコンセプチュアルに施されてきた脱クラブ・ミュージック的なプロデュース・ワークと、歌い継がれるにふさわしい古今東西のクラシックスを軽々と歌いこなすフリー・ソウル以降の同時代観。そこに彼女のパブリック・イメージでもある、いわゆるスロウでセンシティヴな印象が重なった極めてストイックなスタンダード感は、あくまで彼女の魅力の一部分に過ぎなかった。ボサノヴァの冷気を持った神々しいまでの緊張感と静謐さを湛えたデビュー作『Voyage』以降、いくつかの印象的な客演や作品のリリースにつれ、それまでの研ぎ済まされたテンションからは想像できないほどの屈託のないホットな歌が次第に顔を覗かせてきたわけだが、その彼女の音楽性にかのニューオーリンズでの生活が次第に染み渡ってきたことを感じていただけると思う。そして彼女はこのうえないお土産=初のセルフ・プロデュース作となるこの新作を抱えて日本に戻ってきた。“アフリカの月”のような濃い陰影を湛えた楽曲、レイジーな“Since I Fell For You”など、彼女が無邪気に音と戯れているさまが隅々まで手に取るように感じられる。ニューオーリンズの濃密な空気のなかで気ままに選ばれたワーク・ソングは、アーシーでブルージーではあるが決してヘヴィーではない。同地の歴史の重みを感じさせながらも、そこにいい意味での軽さやユルさがあるのは、暮らしのなかに潜む音を、身を持って探し当てたことに対する自信が現れているからなのだろう。お帰りなさい!
bounce (C)駒井 憲嗣
タワーレコード(2005年05月号掲載 (P62))
例えば、(いきなり告白してしまうが)私のようにAnn Sallyのことを知らなかったとしても、〈ニューオーリンズ〉になにかしらの思いのある人は、それを取っかかりに本作を楽しめるはず。参加ミュージシャンは、ダーティ・ダズン・ブラス・バンドにも参加していたキーボードのフレデリック・サンダースや、60年代のニューオーリンズ・リズム&ブルースを支えたベーシスト、ジョージ・フレンチの息子(=名ドラマー、ボブ・フレンチの甥っ子)であるドラマーのジェラルド・フレンチ、ドクター・ジョンのレギュラー・バンドで活躍するテナー・サックス奏者のエリック・トラウブなどなど、いずれも彼女が現地で親交を暖めた人たちだという。ベースとのデュオ、ピアノとのデュオ、そしてクインテットをバックにしたものと3つのセッションからなるが、全体を一言で言えば、ジャズ寄りの歌ものニューオーリンズ・スタイル。特にクインテットでの“Way Down Yonder In New Orleans”“Sweet Georgia Brown”などの弾みまくる演奏など、もう流石。しかし、ピアノとのデュオによる服部良一ナンバー“胸の振子”などにも、同様に彼の地の味わいが感じられるのもおもしろい。そしてなにより、彼女の澄んだ歌声を聴いていると、〈ニューオーリンズ〉は、ビートやサウンドそのもの以上に、歌心、音楽する心として、このアルバムのなかに刻まれているのだなあ、と思われてくる。そんな一枚。
bounce (C)小出 斉
タワーレコード(2005年05月号掲載 (P62))