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連載/コラム

映画『サウダーヂ』

掲載: 2011年10月18日 14:26

ソース: intoxicate vol.94(2011年10月10日)

text:樋口泰人(boid)

だれでもなくどこでもなくいつでもなく


私たちはまだ故郷を持たない。

日本語訳では「郷愁」というしかないのだが、それだけではない広がりを持つポルトガル語独特の「サウダーヂ」という言葉をタイトルに持つこの映画からは、そんな声が聞こえてくる。舞台は山梨県甲府。東京から適度に近いためか多くの若者は地元を離れて東京へと向かい、その穴を埋めるようにタイやフィリピンやブラジル、ペルーなどから移民たちがやってくる。とはいえ長引く不況のために彼らの暮らしもままならず、誰も未来に希望を持てない街。「繁華街はシャッター街」、そんなラップが空に木霊する。

この街はまだ主人公を持たない。

そんな声も聞こえてくる。群像劇、というわけではない。ここに私とあなたがいる。ただそれだけの映画である。つまりそこにもここにもどこにでもいる私とあなたの物語。あなたはタイからやって来た。私は何もできぬままここに暮らしている。そんなあなたと私。あるいは、私はブラジルからやって来た。でもここには仕事がない。あなたは土方をやって暮らしている。でも掘っても掘っても故郷に行き着くわけではない。私たちの足元には故郷はない。

まっすぐ掘ればブラジル、ちょっと曲がればタイに出るんだよと、登場人物のひとりが言う。歴史の底に「日本」という国があるわけでもあったわけでもない、そのスカスカの足元こそ私たちの暮らす場所だとこの映画は語る。だからそこは甲府であり東京であり福島であり沖縄でありバンコクでありリオデジャネイロでもある。私とあなたの小さな物語がいくつもいくつも積み重なり、世界は次第に広がり、彼らの時間の厚みが増していく。しかし視界が良好になるわけではない。世界は重みを増し密度を増した空気は登場人物たちを押しつぶしそうになる。どこにも引き返せない悲しみとまだ見ぬ場所と時間に向けての怒りとがゆっくりと膨れ続ける。ここは一体どこなのか?

そんな疑問が映画を包む。映画を見ることはそんな未知の場所と時間に連れ去られることである。もちろんそれこそが私たちの生きている場所と時間でもある。現実の時間と未知の時間、現実の場所と未知の場所。相入れないふたつの時間と場所とが不意に出会うその一瞬の永遠こそ、私たちの生きる時間であるだろう。

私たちは今ここで額に汗して土を掘り、空に向けて両手を真っ直ぐに突き上げる。馬鹿みたいだがそれだけなのだ、それでいいのだ、その積み重ねでしかないのだ。誰からも見向きもされず人々に踏み潰され土に還っていく一枚一枚の木の葉がいつか豊かな土壌を作るように、私たちもまたタイやブラジルに通じる土塊になっていく。私たちこそが未来である。そしてそれこそがサウダーヂである。この映画はそう語る。3月11日以降の世界において、それは巨大かつささやかな道しるべとなるだろう。

映画『サウダーヂ』
制作:空族/『サウダーヂ』製作委員会
エグゼクティブ・プロデューサー:笹本貴之
プロデューサー:伊達浩太朗/富田智美
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助/富田克也
撮影:高野貴子
録音・音響効果:山﨑厳
助監督:河上健太郎
編集:富田克也/高野貴子
出演:鷹野毅/伊藤仁/田我流(from stillichimiya)/ディーチャイ・パウイーナ/尾﨑愛/工藤千枝/デニス・オリヴェイラ・デ・ハマツ/イエダ・デ・アルメイダ・ハマツ/野口雄介/村田進二
配給:空族(2011年 日本)
◎10/22(土)より、渋谷ユーロスペースにて公開!
http://www.saudade-movie.com

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