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第37回 ─ やもり

連載
Mood Indigo──青柳拓次が紡ぐ言葉、そして……
公開
2008/11/27   03:00
更新
2008/11/27   17:04
ソース
『bounce』 305号(2008/11/25)
テキスト
文/青柳 拓次


  おじいがやってくるというので、民宿のなかが少し沸き立っている。おじいは笛作りの名人であり、三線の名手。この小浜島では知らぬ者はいない。宿の従業員たちは、八重泉という泡盛を用意して、座を整えはじめた。

 八時になり、おじいが勝手口をあけて宿に入ってきた。大きな耳たぶに、ころころ丸い瞳。食卓に集まっていた宿泊客たちは、おじいの後について客間に入場。

 まずは、女性従業員Mさんが、座びらきのために三線を手にとる。

「だれかやらないとはじまらんからねー」

 滋賀からやってきた彼女は、アイルランドと小浜が好きで、フィドルも弾くという。たどたどしくも愛情のこもった三線と唄。ふわっと座がなごんだ。

 カンパーイ! つぎは?

「じゃあ、わたしがいってみしょか!」

 ベロタクシーの運転手が名乗りをあげる。毎週石垣に通って、小学校で踊りを教えている19歳。

「メジャーなやつをやりましょかね。安里屋ユンタをやりましょう」

 サー安里屋ぬー クヤマによー サアユイユイ!

 拍手、拍手。

「つぎは笛を吹きますよー」

 カンパーイ!

 ここで自分の出番。二階のギターをとって客間にもどってくると、旅館のお母さんやスポーツ整体師の女性が、プロのわたし(!?)の唄を聴きにドヤドヤと出てくる。

「花茶という曲をやります」

 ひとりの花茶はにがくー お湯をさしてはさますー 

 温かい拍手。

「みみぐすい(耳の薬)やねー」とおじい。

 一息ついて、おじいが三線かしなさいというしぐさをする。唄いはじめたのは、「安里屋ユンタ」のもっとも古い歌詞のヴァージョン。続いて「さらばラバウル」の島唄風替え歌、「ひめゆり」などなど。

 コンパイ・セグンドという95歳で亡くなるまで色気たっぷりのキューバのシンガーがいたけれど、小浜のおじいもまったく同等。唄いながら、目の前に居る女性に電話番号を訊いたり、かみさんの若い頃に似ているなーと口説いたり。 

 さあ、明日から三日間の祭りがはじまる。

 祭りを待ちかまえている島。

 やもりが一匹、自動販売機のディスプレイのなか。

PROFILE

青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famo-usで活動し、伊藤ゴローと組んだTAKU & GOROで『RADIO INDIGO』(commmons)を発表したばかり(→P87)。映画「eatrip~食の記憶~」のサントラも制作中。