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第36回 ─ 水のながれるところ

連載
Mood Indigo──青柳拓次が紡ぐ言葉、そして……
公開
2008/10/30   02:00
更新
2008/10/30   18:39
ソース
『bounce』 304号(2008/10/25)
テキスト
文/青柳 拓次


  山に入ると、川を感じた。

 山野草と苔が人生を送る、小さな森のような岩。リスが食べたクルミの殻。やわらかいマットのような森の土を足に感じながら、小さな川辺にたどりつく。

 わたしたちは、坂田昌子さんに水の音の聴き方をおそわる。

 ちょうど逆さに耳がついているように、両手のひらを耳の前にあてる。こうすることによって、手のひらが集音器の役割をはたす。しばらく、注意深く、水音を聴く。

 飲めるほどきれいな水の音を聴くよろこび。

 わたしたちが水の音を聴いたのは、裏高尾。

 坂田昌子さんは、いま高尾山で起きている現実を伝える「虔十の会」というエコ・アクションの団体を主宰されている素敵な女性だ。

 高尾山は世界でも有数の動植物の宝庫であり、植物や昆虫学者の聖地といわれる。

 1321の植物、5000の昆虫、150の野鳥、28の動物たちの生息地。その高尾山の土手っ腹に、いま二つの大きなトンネルが掘られはじめている。

 人間の血液と同じ意味をもつ、山にとっての水。トンネルを掘ることによって、水は動脈を切られたように溢れ出す。

 いま、すでに一つの沢が消え、住んでいた生物は死か移動を選択させられてしまった。

 世界で最も美しい本のひとつ、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」。

 孫のロジャーと一緒に、夜の海や雨の森に出かけるレイチェルおばあちゃん。

 この本では、自然の音を聴く方法を教えてくれる。それから、鳥や虫たちの声に耳をすますのは、生命の鼓動そのものを聴くことだということも。

 美味しく感じる、心地よいと感じるということが、人間の進化に影響を与えているらしい。だから、水が必要な人間は水音を心地よいと感じると。

 山から下りて、みんなで美味しくそばを頂き、それぞれの町に帰る。

 町の公衆トイレでは、今日も川のせせらぎ音がスピーカーからながれているだろう。わたしは、それを必要とおもったことが一度も無い。

PROFILE

青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famo-usに参加する他、KAMA AINAとしても活動している。現在、フード・ディレクターの野村友里が監督するドキュメンタリー映画「eatrip~食の記憶~」のサントラを制作中。