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第32回 ─ 名前

連載
Mood Indigo──青柳拓次が紡ぐ言葉、そして……
公開
2008/07/23   20:00
ソース
『bounce』 300号(2008/6/25)
テキスト
文/青柳 拓次


  小学生高学年のころ。毎週土曜の午後と日曜には釣りに出かけていた。 

毎晩ベッドでは、釣りの月刊誌と町の楽器屋から貰ってきたエレキギターのカタログを眺める日々。 

日本の海域で釣れる魚の名はみんな頭のなかに入っていて、釣った経験がなくても、それぞれの魚にあわせた仕掛けやエサの種類まで細かく覚えていた。 

〈出世魚=成長するにつけ名前が変わっていく魚〉の名前の変化もスラスラと口にできた。例えば、東京湾に〈スズキ〉を釣りにいって、〈フッコ=スズキの成魚〉がかかるかも、なんて思いながら釣り糸を垂れていると、そんなときにはきまって、あまりうれしくない〈トド〉と名を変える〈ボラ〉がかかってしまう、といった具合だ。 

おとなになって、姓のことを考える機会がやってきた。結婚の際に、相手が「自分の姓にしたい」と言ったのだ。それは婿養子になってもらいたいという意味ではなく、男女平等という見地からのことばだった。わたしは直感的に、これはどちらの姓でもいいことなんだな、とおもった。 

自分たちの親は共に離婚していて結婚に対して執着がなく、次男であるわたしの実家には取り立てて財産も無い。加えて、わたしには、アイデンティティーを〈身体という自然〉だとおもっているところがある。それは、細胞が常に入れ替わりサイズも変容する器とその中心に広がる海のようなもの。 

結局、戸籍を相手の姓にかえた。 

すべての手続きが終わって、不思議な開放感があったことをおぼえている。あたりまえだと思われていること、その結び目の一つを解いたような気持ちだった。 

わたしは、自分の名前の漢字を「開拓の拓に次男の次です」と説明するようにしている。実は最近まで、この説明がそのまま自分の名前の意味だとおもっていた。いつかそう聞いたような気がしていたのだ。 

1998年、友人達とBOOKWORMというリーディング(朗読)イヴェントを始め、2005年には詩画集「ラジオ塔」を上梓し、詩の詠み書きが日常の一部となっていたある日のこと。ふと気になって、確認の意味を込めつつ母に訊いてみた。

「拓次って名前、なんでつけたんだっけ?」  

「むかし大手拓次っていう詩人がいてね、その人の書く詩が好きだったのよ。だから」と母は言った。 

わたしが詩を書くアーティストとなっていたこと。それは自らの意志と決断だけによるものだろうか?

PROFILE

青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famo-usに参加する他、KAMA AINAとしても活動を展開。このたびDouble Famousのニュー・アルバム『Double Famous』を7月9日にリリース。インタヴューはP54をチェック!