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第28回 ─ 花浅葱を聴く

連載
Mood Indigo──青柳拓次が紡ぐ言葉、そして……
公開
2008/03/19   23:00
ソース
『bounce』 296号(2008/2/25)
テキスト
文/青柳 拓次


  読みたいときに読む新聞は、いつも新鮮なはなしを差し出してくれる。

 ある実験を体験した記者のルポルタージュ。

 ランダムに無音を挿入した曲と、無音のまえに〈ザッ〉という雑音を足した同じ曲を順に聴いていく。

 前者は聴くに耐えない曲となり、後者では曲の流れが感じられた、というのが記者の印象。

 実験に立ち会った科学者は説明する。

 「脳は雑音が入ることによって、音が隠されたと解釈する。それで、現実には聴こえない音を聴くんです」

 音楽に無音や間をつくるとき、その直前にどんな音を鳴らすかによって意味や効果が変わってくる。ことばの世界もおんなじ。

 わが町の本屋で、〈アジアの本の会〉が選んだ本がならんでいる。

 わたしは、インドの音楽家・イヤーナトが書いた『音楽の神秘』という本に、お金を払った。

 彼の書く「聴くこととは反応するということを意味する」というくだりに反応する。そうそう、反応していないということは、聴いてないということなんだ。

 耳の聞こえない打楽器奏者・エヴェリン・ステファニーが、世界中で演奏するドキュメント映画「タッチ・ザ・サウンド」。

 彼女と同じろうあ者の若い女性に、音の感じ方を伝える場面が印象に残った。

 まず手にしたバチで大太鼓を打たせ、皮の振動を観察させる。同時にもう一方の手は、大太鼓の胴に添え、音の振動を感じさせる。この映画を鑑賞しているわたしには、すでに大太鼓の音が消えてしまっているのに、彼女たちはまだ手を離さない。数秒してエヴェリンは、振動が完全に止まったことを確認して、言う。

 「わたしたち、観客よりもっと長く聴くことができるのよ」

 東京に雪が降っている。

 ガラス越しに、自転車を押す老人。車輪と長靴は雪を踏みしめている。きっといい音がしているだろう。

 喫茶店を出て、イソイソ歩き出す。よこから吹きつける雪が、被っているフードを打つ。古ぼけたハイハットを、やさしくブラシで叩いたような音がする。

PROFILE

青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famousに参加する他、KAMA AINAとしても活動。アルバム『たであい』も好評リリース中。現在はドイツ人アーティスト、ヨルグ・フォラートとのコラボ・アルバムを制作している。