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第25回 ─ 水浅葱の町

連載
Mood Indigo──青柳拓次が紡ぐ言葉、そして……
公開
2007/12/20   23:00
ソース
『bounce』 293号(2007/11/25)
テキスト
文/青柳 拓次


  「こんな古い車、ガスひどいな」

 「うちの奥さん、車の排気がひどいところでゼンソクになったことあるの」

 信号待ちをしていて、見知らぬおじいさんが話しかけてくる。横には、タバコの煙をかけられたようなしかめっ面のおばあさんが立っている。

 「でもね、空気のいい土地に引っ越したらすぐ直っちゃった」

 目の仇にされた赤のクラシック・スポーツカーを見ながら「へえーそうですか」とあいづちを打つ。

 三鷹に越してきて、役所の公務員や駅前を歩く人々をながめていると、「この雰囲気を前から知っている」とかんじる。役所に行っても、書類でつかわれているフォントや建物のフォルムに、自分の生まれた頃のにおいを嗅ぎつける。これはいままで感じたことのなかった感覚で、懐かしい気持ちにも似た、安堵感のようなものだった。

 現在いっしょにツアー中である気仙沼出身の畠山美由紀ちゃんは、先頃訪れた盛岡で「東北に行けば明らかに西に行くよりホッとする何かがある」といっていた。それは生涯変わることのない不動の感覚なのだろう。

 「青柳くん、中央線はなんか似合わないねえ」と事務所の社長にいわれ、そうかも、とおもっていたのだけど、よくよく考えると、自分は中野の病院で生まれて数年は野方で暮らしている。やはり3才頃までしか住んでなかったとしても、この辺りの空気を忘れてなかったのだろう。三つ子の魂百まで。

 30年以上経ってこの空気に戻ってきたのは不思議なこと。なぜ不思議かというと、今回の新居は自分で決めた家ではなくて、奥さんが見つけてきて気に入った物件で、じつは内覧もしていない。

 「キッチンも広くて、明るくて、懐かしい感じの昭和の家よ」

 引っ越してみて、そのとおりの素敵な家だった。

 このたびの引越しにむけて、CDラックを整理していたときのこと。わたしは、わりと好きなアーティストでも、手に入る全アルバムを買っては、気に入った1、2枚をのこして処分してしまう。そんな自分があることに気づいた。

 なんと、どのアーティストよりも、ローリング・ストーンズのアルバムがラックの幅をとっていたのだった。彼らの全作品がそこに残っていたわけではないが、結構あると思っていたサン・ラーやムーンドッグにも数で勝っている。

 「こんなにストーンズが大好きだったんだ……」

PROFILE

青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famousに参加する他、KAMA AINAとしても活動中。本人名義での初アルバム『たであい』も好評リリース中。12月12日にリリースされたコンピ『おやすみなさい』にも参加している。