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第18回 ─ 光よりも速く素粒子を加速させられたら

連載
踏 切 次 第
公開
2007/06/14   20:00
更新
2007/11/08   17:29
ソース
『bounce』 287号(2007/5/25)
テキスト
文/次松 大助

次松大助が見つめる、とある町の日常──

「クレオパトラがめっちゃ可愛いかったときよりもずっと昔にな、もっともっと、今で言うオードリー・ヘップバーンと宮崎あおいと加藤ローサを足してちょっと原始人みたいにした感じ、っていうか半分原始人の頃やねんけどな……」

 夜中にコンビニに行く途中に12、3歳の男の子がそんな風に話しかけてきたので、〈あー。面倒くさいな〉と思いながら適当に相槌を打っていると、男の子は続けて「ほんでな、何万年か前にその子と一緒に暮らしてるときにアカシアやったかメタセコイアやったか、何の木かもう忘れたけど、そのアカシアとかの木の下でいつも、獲ってきた貝とか食べたり昼寝したりして過ごしててん、そしたらある日な……」と言ったところでコンビニに着いたので、僕は「ごめん、じゃあ」と言って強引に話を切り上げると、男の子は「あー、うん。ありがとう、そんでな、今からその子に逢いに行こうと思うねん」と嬉しそうに立ち去って行きました。コンビニに入って雑誌の表紙を見ながらちょっと嫌な気持ちになって、何でそんな嘘をつくんだろう、と男の子に対して腹が立ちましたが、きっと色々早熟なんだろうと思い納得しました。

 コンビニで〈ちょっと贅沢なビール〉をちょっと贅沢に2本買ってふらふらと家に帰っていると、家のすぐ隣の分譲マンションの公園にさっきの男の子が腰掛けているのが見えました。服装こそさっきのままでしたが、表情はまったく別人のように疲れ果てており、それでも僕を確認するとまるで感極まったように立ち上がり、聴きとりにくい声で「あぁ、おかえり」と言うのでした。どのみち、外でビールを飲むつもりだったので、気まぐれを起こして男の子の隣に座ると、男の子はそれからしばらくしておもむろに話し始めました。初めのうちは、飛んでいるコウモリの〈て〉と〈た〉の混じった小気味よい羽音を聴いて、少年の話にあまり関心を持っていなかったのですが、次第にビールがぬるくなるのも忘れて長いあいだ聞き入っていました。

「だから要するにたたずまいの力やねん、精神論じゃなくて、人も木も電柱もそう、クォークとかレプトンとかよりもっと小さい、素粒子の奥で11次元に対して振動してる、味の素みたいなひも粒の振動を止めたら、質量がゼロになるねん。それで重さがなくなると次は無限に加速できるようになって、終いに光の速さを越えてしまうねん。もちろん光を越えた時点で〈4次元〉の軸に滞在できへんから、観測することはできへんけど……」。

 少年が静かな早口で話し出したのは、どうやら大真面目なタイムマシンのつくり方だったのです。

今月のBGM


ROSTROPOVICH・OZAWA
『Dvorak : Cello Concerto』
 
Elektra
ロストロポーヴィチ、先日亡くなられたと聞きました。奥さんがニュースで観たと言っていました。人生で7度録音したこの曲の、これが最後のテイクらしいです。

PROFILE

次松大助
99年に大阪で結成されたオリジナル・スカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。現在バンドはアルバムの制作に入っており、6月3日には静岡・浜石岳青少年野外センターで行われるイヴェント〈浜石まつり〉に出演する予定。その他の詳細は〈www.miceteeth.net〉にて。