3
土曜日。昨夜は寝れなかった。
現地で待ち合わせだったので、一人でいろいろ妄想しながら電車に乗る。
電車から見える景色が、こんなにきれいに見えたのは初めてだった。
結局わたしは待ち合わせの1時間半前にディズニーランドに着き、彼を待った。
気がつくと、太陽が落ちていた。
何時間待っても、彼は来なかった。電話をしたが誰も出なかった。
何を期待しているのか、わたしはその場所から動く事が出来なかった。
いつの間にか夜になっていて、夢の国を堪能した人たちがぞろぞろと入り口から出て来た。
ただ、周りの幸せそうな人々を見ていた。
笑顔だ。どこを見ても笑顔。
たまらなかった。
だめだ、このままじゃわたしはこの人たちを殺してしまうかもしれない。そう思った。
気がつくと、でたらめなメロディーで唄っていた。
♪
夢の国 なのに
入れない わたし(藤子)藤子 F(F)不二雄
(スネ夫)だからなの?(ねえ)ディズニー(ヤンキー)彼はなぜ 来ない(事故かな)
消えてしまえ(わたし)(スネ夫)スネオヘアー(ヘアー)憎い
(スネ夫)スネオヘアー(ヘアー)憎い……セリフ「スネオヘアーさん。あなたが出てくるたびにね、わたしは気分が悪いんだ。何故かって? それはスネ夫に全然似てないあなたがスネオヘアーと名乗ってるからさ! あたしの……あたしのスネ夫っぽさ、あんたに分けてやりたいよ!(号泣)」
♪
泣きながら歌いあげ、語りの部分に入ったところで警備員に強制退去させられた。
わたしは結局夢の国には一度も入れず、家に帰った。
次の日、会社に行くと部長に「昨日の分の仕事、全部とっといたからね」と言われた。
ドサリと目の前に書類の山を積まれ、その瞬間、わたしの残業は決定した。
4
「スネちゃん、企画書のコピーは?」
先日の残業(オールナイト)が響いて半寝トランス状態のわたしに、理子が言う。
「ひきだしのなか……」
わたしは机に突っ伏したまま引き出しを指差した。
理子がうらめしそうに耳元で囁く。
「部長がさ、スネ夫は今日ダメだからお前代わりにやってやれって」
アンタ仕事できる人なんだから、文句言わずやってくれよ。
そう思ったが、口から出た言葉は「ごめんねえ~」という情けないものだった。
しかも本人には聞こえてない様子だ。
こうなったらふて寝だふて寝。もうクビんなってもいいや、こんな会社。
そう思っていたら、いつの間にかわたしは、眠ってしまっていた。
夢を見た。
夢と言ってもそこは同じ職場で、わたしは部長に仕事中に寝てしまった事を責められていた。
「スネ夫のくせに居眠りはゆるさん! お前みたいなブサイクは、タイムマシンに乗って別の次元に行ってしまえ」
そんなひどい事を言われているのに、みんなはクスクス笑っていた。理子が言う。
「スネちゃんが寝てる間に、なんか男の人が来て、手紙置いて行ったわよ」
机を見ると、手紙が置いてあった。
え、もしかして彼? なんで起こしてくれなかったの?
わたしが慌ててそう言うと、理子は笑い話をするように喋りだした。
「最初さー、文子さん居ますかって言われて、誰だかわかんなかったのよ。文子? 誰それ? って聞いたら、『あのスネ夫に似てる人です』だって! ねえ、チョー失礼じゃない?」
みんなが爆笑した。部長も笑っていた。
「あたしああいうヤンキーみたいな男の人、生理的にダメなのよねー」
お前の方が失礼だろう。
わたしは思いっきり理子を殴った。何度も殴った。
鼻が潰れて血が飛び出て、周りのみんなが怖がって逃げ出した。
わたしは逃がすものかと思い、ちょうど手元にあった角材でみんなをボコボコに殴った。
わたしは泣きながら、人を殴っていた。
そして気がつくとみんな死んでいたので、机に置いてあった手紙を握りしめて会社を飛び出した。
大通りを渡り、商店街を抜け、わたしは駅前を目指して全力で走った。
きっとこの手紙にはディズニーランドに来れなかった言い訳が書いてあるのだろう、そしてわたしは彼を許すに違いない。そう思いながら全力で走った。
もう少しで駅前という所で、ふと横を見ると宝石屋のショーウィンドウに自分が写った。
そこにはスネ夫ではなく、全く違う顔が写っていた。
わたしはとても美人だった。
ああ、これは夢かあ
わたしは走りながら、こんな都合のいい話はないよなあと思った。
理子も部長も、あんな露骨に嫌な事を言う人ではない。少しやな奴で、しかもたまにいい人だったりするのだ。
現実には、わかりやすい嫌な人はそうそう居ない。
現実はもっと微妙に息苦しくて、怒る気にもなれない、もっと生温いものだ。
これはとっても都合の良い、わたしの『夢の国』だ。
できるだけ長くこの夢を見ていたいなあ。そして彼に会いたい。
そうだ、夢の中の彼は手紙に何て書いたんだろう。
わたしは走りながら手紙を開けた。
そこには汚い字でこう書いてあった。
「スネオヘアー」
わたしは泣きながら、ああ、シュールだなあ、もうこれは完全に夢だなあ、と思って少し笑ってしまった。
おしまい
星野 源
トロンボーン・ギター・ベース・ドラムスという編成のインストゥルメンタルグループ、SAKEROCKのリーダー。音楽活動と並行して役者業も行い、役者として大人計画事務所に所属している。最近では執筆業も多くなりコラムや小説を連載中。役者として主な出演作品は映画『69 sixtynine』、ドラマ『タイガー&ドラゴン』など。
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