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第5回 ─ 夢の国

第5回 ─ 夢の国(2)

連載
星 野 源 の 唄 い だ す 小 説
公開
2006/07/27   03:00
更新
2007/05/02   16:17
テキスト
文/星野 源

3
  土曜日。昨夜は寝れなかった。
  現地で待ち合わせだったので、一人でいろいろ妄想しながら電車に乗る。
  電車から見える景色が、こんなにきれいに見えたのは初めてだった。
  結局わたしは待ち合わせの1時間半前にディズニーランドに着き、彼を待った。
 

 気がつくと、太陽が落ちていた。
  何時間待っても、彼は来なかった。電話をしたが誰も出なかった。
  何を期待しているのか、わたしはその場所から動く事が出来なかった。

 いつの間にか夜になっていて、夢の国を堪能した人たちがぞろぞろと入り口から出て来た。
  ただ、周りの幸せそうな人々を見ていた。
  笑顔だ。どこを見ても笑顔。
  たまらなかった。
  だめだ、このままじゃわたしはこの人たちを殺してしまうかもしれない。そう思った。
  気がつくと、でたらめなメロディーで唄っていた。


夢の国 なのに
入れない わたし

(藤子)藤子 F(F)不二雄
(スネ夫)だからなの?(ねえ)ディズニー

(ヤンキー)彼はなぜ 来ない(事故かな)
消えてしまえ(わたし)

(スネ夫)スネオヘアー(ヘアー)憎い
(スネ夫)スネオヘアー(ヘアー)憎い……

セリフ「スネオヘアーさん。あなたが出てくるたびにね、わたしは気分が悪いんだ。何故かって? それはスネ夫に全然似てないあなたがスネオヘアーと名乗ってるからさ! あたしの……あたしのスネ夫っぽさ、あんたに分けてやりたいよ!(号泣)」


  泣きながら歌いあげ、語りの部分に入ったところで警備員に強制退去させられた。
  わたしは結局夢の国には一度も入れず、家に帰った。

 次の日、会社に行くと部長に「昨日の分の仕事、全部とっといたからね」と言われた。
  ドサリと目の前に書類の山を積まれ、その瞬間、わたしの残業は決定した。

4
  「スネちゃん、企画書のコピーは?」

 先日の残業(オールナイト)が響いて半寝トランス状態のわたしに、理子が言う。

 「ひきだしのなか……」

 わたしは机に突っ伏したまま引き出しを指差した。
  理子がうらめしそうに耳元で囁く。

「部長がさ、スネ夫は今日ダメだからお前代わりにやってやれって」

 アンタ仕事できる人なんだから、文句言わずやってくれよ。
  そう思ったが、口から出た言葉は「ごめんねえ~」という情けないものだった。
  しかも本人には聞こえてない様子だ。
  こうなったらふて寝だふて寝。もうクビんなってもいいや、こんな会社。
  そう思っていたら、いつの間にかわたしは、眠ってしまっていた。

 夢を見た。
  夢と言ってもそこは同じ職場で、わたしは部長に仕事中に寝てしまった事を責められていた。

 「スネ夫のくせに居眠りはゆるさん! お前みたいなブサイクは、タイムマシンに乗って別の次元に行ってしまえ」

 そんなひどい事を言われているのに、みんなはクスクス笑っていた。理子が言う。

 「スネちゃんが寝てる間に、なんか男の人が来て、手紙置いて行ったわよ」

 机を見ると、手紙が置いてあった。
  え、もしかして彼? なんで起こしてくれなかったの?
  わたしが慌ててそう言うと、理子は笑い話をするように喋りだした。

 「最初さー、文子さん居ますかって言われて、誰だかわかんなかったのよ。文子? 誰それ? って聞いたら、『あのスネ夫に似てる人です』だって! ねえ、チョー失礼じゃない?」

 みんなが爆笑した。部長も笑っていた。
 
 「あたしああいうヤンキーみたいな男の人、生理的にダメなのよねー」

 お前の方が失礼だろう。
  わたしは思いっきり理子を殴った。何度も殴った。
  鼻が潰れて血が飛び出て、周りのみんなが怖がって逃げ出した。
  わたしは逃がすものかと思い、ちょうど手元にあった角材でみんなをボコボコに殴った。
  わたしは泣きながら、人を殴っていた。
  そして気がつくとみんな死んでいたので、机に置いてあった手紙を握りしめて会社を飛び出した。

 大通りを渡り、商店街を抜け、わたしは駅前を目指して全力で走った。
  きっとこの手紙にはディズニーランドに来れなかった言い訳が書いてあるのだろう、そしてわたしは彼を許すに違いない。そう思いながら全力で走った。
  もう少しで駅前という所で、ふと横を見ると宝石屋のショーウィンドウに自分が写った。
  そこにはスネ夫ではなく、全く違う顔が写っていた。
  わたしはとても美人だった。

 ああ、これは夢かあ

 わたしは走りながら、こんな都合のいい話はないよなあと思った。
  理子も部長も、あんな露骨に嫌な事を言う人ではない。少しやな奴で、しかもたまにいい人だったりするのだ。
  現実には、わかりやすい嫌な人はそうそう居ない。
  現実はもっと微妙に息苦しくて、怒る気にもなれない、もっと生温いものだ。
  これはとっても都合の良い、わたしの『夢の国』だ。
  できるだけ長くこの夢を見ていたいなあ。そして彼に会いたい。
  そうだ、夢の中の彼は手紙に何て書いたんだろう。
  わたしは走りながら手紙を開けた。
  そこには汚い字でこう書いてあった。

 「スネオヘアー」

 わたしは泣きながら、ああ、シュールだなあ、もうこれは完全に夢だなあ、と思って少し笑ってしまった。

おしまい

星野 源


  トロンボーン・ギター・ベース・ドラムスという編成のインストゥルメンタルグループ、SAKEROCKのリーダー。音楽活動と並行して役者業も行い、役者として大人計画事務所に所属している。最近では執筆業も多くなりコラムや小説を連載中。役者として主な出演作品は映画『69 sixtynine』、ドラマ『タイガー&ドラゴン』など。

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