こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

第5回 ─ 夢の国

連載
星 野 源 の 唄 い だ す 小 説
公開
2006/07/27   03:00
更新
2007/05/02   16:17
テキスト
文/星野 源

毎回選ばれたインストの楽曲にあわせて、登場人物の誰かが突然唄いだすというSAKEROCK星野源によるコンセプチャルな読みきり小説。今回の〈唄いだすインスト曲〉は、ゆるくて甘美でタイムレスなアコースティック・ストリング・バンド、Noahlewis' Mahlon Taitsが05年にリリースしたアルバム『PLAY』から、ニール・ヘフティのカヴァー曲を。タイトル曲を聴きながら、歌詞を口ずさんでお楽しみください。

今月の唄いだすインスト曲:Noahlewis' Mahlon Taits “Pensive Miss”(アルバム『PLAYS』より)

1
  「スネちゃん、企画書のコピーは?」

 先日の残業(オールナイト)が響いて半寝トランス状態のわたしに、理子が言った。

 「ひきだしのなか……」

 わたしは机に突っ伏したまま引き出しを指差した。
  理子がうらめしそうに耳元で囁く。

「部長がさ、スネ夫は今日ダメだからお前代わりにやってやれって」

 スネ夫というのはわたしのあだ名だ。本名は文子。
  言っておくがわたしは22歳の女だ。スタイルだって割といい。
  しかし、顔がとにかくスネ夫に似ていた。
  突っ伏しているので見えないが、理子は今仕事を押し付けられてしかめっ面をしているに違いない。
  しかし、わたしだってしかめっ面だ。しかもスネ夫っぽいしかめっ面だ。
  スネ夫の要素がプラスされている分、わたしの勝ちだ。
  いつだってわたしはスネ夫の要素がプラスされ、勝ってしまう。
  こんな勝利、いらない。

 「ごめんねえ~」

 とか細い声で言ったが、理子はいつのまにか席に戻ってしまった為にわたしの声は届かなかった。

 理子とは同期でこの会社に入社したのだが、要領のよい理子はぐんぐん仕事を覚えて行き、要領の悪いわたしはいつだって残業だった。次第に仕事場での居場所はなくなり、部署内全員で飲みに行く時もわたしはひとりで残業を続けた。
  仕事をしながら、いつも一人で乾いた涙を流した。
  しかしそんな時でも夜景の見える窓やパソコンのディスプレイに〈スネ夫〉が映る度、現実に引き戻された。
  悲しいと思って涙を流していても、自分を見ると「顔がこれじゃなー」と醒めてしまう。
  わたしは今まで自分の悲しさに浸った事がないのだ。

 わたしは時々思う。〈ドラえもん〉さえなければ、わたしはただのブサイクで済んだだろうに。
  〈スネ夫〉というキャラクターが生まれたおかげでわたしには余計な価値がついてしまった。

 「ねえ、あの女スネ夫に激似じゃねえ?」

 町でヤンキーにそう絡まれた事がある。

 「いや、ほんと凄いっすね。似てるー。俺、こんなにマンガに似れるなんて、すげえと思いますよ」

 町でヤンキーにそう褒められた事もある。
  そこでわかった事は、ヤンキーだからといって悪い人ばかりではなく、いい人もいるって事だ。

 駅前でティッシュ配りをしていたヤンキーだった。
  会社からの帰り、切符を買おうとしたら声をかけられた。
  ヤンキーは目をキラキラさせながら言った。

 「俺、スネ夫好きなんすよ。だってあいつヤな奴だし、ずるいし、不細工だし、人に頼ってばっかだし、金持ちって所以外は〈ドラえもん〉のキャラクターの中で一番人間らしいじゃないっすかー。俺、共感しますよ。普通に」

 この人顔は微妙だが、言ってる事は面白いと思った。
  そんなヤンキーもいる。

 そしてわたしはこのヤンキーを、いつのまにか好きになってしまったのだ。

2
  「電話番号を教えてくれたら、ディズニーランドに連れてってあげます」

 電話番号の聞き方がわからずそう言うと、彼は本当に電話番号を教えてくれた。
  しかも自宅のだった。
  携帯電話はないのかと聞くと「俺、母ちゃんしかいねえから、お金ないから買えねーの」と笑った。
  とてもかわいかった。
  出会って間もないのに、わたしはこの人との幸せな結婚生活を妄想していた。
  わたしがアヘ顔でぼんやりしていると両肩を揺らされた。

 「ていうかさ、マジで? マジでディズニーランド連れてってくれるの? 俺行った事ねーんだけど」

 うんうん連れてくよ。いつがいい? そう聞くと彼は、
  土曜日がいい。土曜日だけはバイト休みにしてんだ、とにっこり笑った。

 次の日、「土曜日、休ませてください」と部長に言うと、「何だめずらしいなあ、タイムマシーンで未来にでも行くのかな?」と冗談を言われた。周りのみんなが少し笑った。理子も笑っている。
  少し怒りたかったけど、口から出てきた言葉は「そんなわけないじゃないですか~」という言葉だった。
  どうして、わたしはいつもおちゃらけてしまうんだろうか。
  家に帰ってひとりになったとたんに無性に腹が立ったが、彼とディズニーランドという2大ファンタジーを思い出すたび心が躍った。
  腹が立ちながらも、ニコニコしてしまっていた。

記事ナビ