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第1回 ─ マキオと母

連載
星 野 源 の 唄 い だ す 小 説
公開
2006/03/30   17:00
更新
2007/05/02   16:21
テキスト
文/星野 源

SAKEROCK星野源による新連載がスタート! 毎回選ばれたインストの楽曲にあわせて、登場人物の誰かが突然唄いだすというコンセプチャルな読みきり小説です。今回の〈唄いだすインスト曲〉は、エキゾ音楽のパイオニア、マーティン・デニー先生が日本酒をモチーフに作ったといわれる、サケロックというバンド名の由来にもなった楽曲“SAKEROCK”。タイトル曲を聴きながら、歌詞を口ずさんでお楽しみください。

今月の唄いだすインスト曲:Martin Denny“SAKEROCK”(『ベリー・ベスト・オブ・マーティン・デニー~エキゾティック・サウンズ』収録)

  人は真顔で嘘をつく。

連日報道される〈自民、堀江メール事件〉のニュースを観ながら、マキオはそんな事を考えていた。どの党員も、ニュースキャスターも、コメンテーターも言ってる事が信用出来ない。嘘を言っているようにしか聴こえない。

なぜだろう。マキオは考えた。
  答えは簡単だった。
  今、オナニーの直後だからだ。

「またやっちまったあ」

マキオはそう力なく絶叫すると、ベッドに突っ伏して少し泣いた。
  もともと何もやる気が起きないから家にずっといるし、家に居ても何もする気が起きないからオナニーをする。すると、もう決定的に、やる気が起きなくなる。

「倍々ゲームだよう」

そう呟き、下半身丸出しで枕を濡らす息子を観て、死んだ母は何を思うだろう。オナニーをする時、マキオはいつも亡き母の写真立てを伏せる。それが出来の悪いマキオの、最大限の〈気づかい〉だった。

―新婚さん、いらっしゃああい!―

テレビでは、『新婚さんいらっしゃい』が始まっている。
  嬉しそうに料理の話をする新婚さんを観ながら、マキオは父の事を思い出した。
  マキオの父は、ホストだ。
  最近は色んな職場があるようで、オヤジ専門のホストクラブがあり、父は母が死んだ直後、そこに就職した。父は今、家のある群馬から大久保のホストクラブまで2時間半かけて通っている。
  二人の出会いはホストクラブだったと、母は良く語っていた。結婚する前、父は普通のホストで、母はそこの客だったと言う。

「もう、この人出来が悪くてさあ。全然人気なくて。仕様がないから旦那にしちゃったの」

そして二人は結婚し、父は向かないホストをやめ、群馬の母の実家で家業を継いだ。母は上機嫌になるといつもその話をし、その時父はいつも恥ずかしそうに新聞を読んでいた。
  マキオはその時間が少し好きだった。

―いらっしゃああい!―

「三枝うるせえぞ!」

マキオはテレビに丸まったティッシュを投げつけた。
  何だか分からないが、マキオはだんだん山瀬まみがかわいく見えてきた事に苛立ちを覚えていた。
  母が死んで以来、無力感のあまり引きこもりを続けて3年。マキオはもう限界だった。山瀬まみが欲しいのか、ただ女とやりたいのか、マキオはもうわからなくなっていた。
  俺は、何をやっているのだろう。マキオは思った。
  母は殺されたのだ。
  テキーラを4杯むりやり飲まされた大学生に殺されたのだ。
  3年前、母は車に轢かれてあっけなく逝った。
  母を殺した大学生は即、牢屋に入った。しかしその直後、もう涙も出ないんじゃないかという程腫れ上がった目の大学生が家に訪ねて来た。

「彼が、僕のテキーラを4杯飲んでくれたんです。殺したのは僕です。ごめんなさい。ごめんなさい」

母を殺したのは、大学サークルのコンパで先輩に無理矢理飲まされた気の弱い男をかばって、代わりにテキーラを4杯も飲んだ、車を買ったばかりの大学生だった。
  地面に頭をぶつけ、額を血で滲ませながら土下座する気の弱い男を見て、マキオは思った。
  憎める人が居ない。
  いったい誰を憎んで生きていったらいいのだろう。しかしこの沸き上がる殺意は、どう処理したらいいのか。
  マキオはその時、彼を今すぐにでも殺したい気持ちでいっぱいだった。必死で自分を抑え、なんとか大学生を家に帰した頃には、いつの間にかマキオは〈外に出たら人を殺してしまうかもしれない〉という妄想に取り憑かれるようになっていた。
  まったく、俺は何をやっているのだろう。

「よく……わかんねえなあ」

マキオの目から、涙が流れてきた。
  殺したいのか、死にたいのか、外に出たいのか、外に出たくないのか、山瀬まみが欲しいのか、ただ女とやりたいのか、マキオはもうわからなくなっていた。
  ああもうダメだ、気分を変えなければならない。マキオは思った。
  悔し涙を流しながら投げたティッシュをゴミ箱に入れ、テレビを消そうとリモコンに手をかけた瞬間、マキオは涙を止めてしまった。

―いらっしゃああい!―

親父だった。
  親父が出て来た。横に女を連れて。
  しかもその女は、アジア系の外国人だった。
  マキオは驚きのあまり、声も出なかった。
  三枝が笑顔でこう言った。

「いやあ、結構お年を召されてますねえ」

父が言う。

「ええ、再婚ですから」

場が静まり返った。父は再婚だという事を伝えてなかったようだ。両司会者の顔が凍った。父は続けた。

「3年前に妻を亡くして、息子と二人で生活してたんですが、いや実は私、ホストでして。今勤めてるホストクラブの横に小さな飲み屋がありましてねえ。そこで彼女と知り合いました。妻の、ジャクリーヌです」

女が、立ち上がった。

「コンニチワ、ジャクリーヌ、デフ」

こいつは絶対にジャクリーヌじゃねえ。視聴者全員がそう思った。
  山瀬まみが何とかこの場を締めようと、青ざめながら言った。

「ええと、それでは最後に。今回は歌いたい歌があるらしいですね」

「そうなんです。実は、今日息子の18歳の誕生日でして。息子に捧げます」

父は立ち上がり、突然唄い始めた。


 私の妻は死んで 息子ひきこもり
 妻の父と母は 行方不明

 施設育ちの妻 息子にゃ内緒さ
 探して歩いたよ 三千里

 ところで君 かわいいね
 お名前なんて 言いますの?

 好きな人できたよ 韓国人の人よ
 まだ妻も好きだよ どっちも好きよ

 息子よ 外 出なさいよ
 出会いがきっと まってるよ

 殺してもいいじゃん それでもいいじゃん
 お前は外に出て 大丈夫

 大丈夫
 大丈夫

  マキオは笑った。
  三枝の顔は引きつっていたが、マキオは笑ってしまった。
  母が施設育ちだとか、好きな人が出来たとか、そんな事まったく知らなかったが、こんな陽気なメロディーでこんな事唄われたら、笑ってしまう。
  そうか、もう俺は18歳なんだ、と思った。親父は親父で、新しい恋を見付けている。自分はもう、大人なのだ。
  マキオは外に出ようと思った。
  それにしても可笑しい。マキオはしばらく、笑い転げていた。

そんな下半身丸出しで笑い転げる息子を観て、母は何を思うだろうか。
  笑っていてくれるだろうか。
  そんな事を想いながら、マキオは母の写真立てを起こした。

 おわり

星野 源


  トロンボーン・ギター・ベース・ドラムスという編成のインストゥルメンタルグループ、SAKEROCKのリーダー。音楽活動と並行して役者業も行い、役者として大人計画事務所に所属している。最近では執筆業も多くなりコラムや小説を連載中。役者として主な出演作品は映画『69 sixtynine』、ドラマ『タイガー&ドラゴン』など。

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