長らく大好評を頂いておりました向井秀徳(ZAZEN BOYS)の語り下ろし連載〈妄想処方盤〉。毎回編集部が設定したシチュエーションにもっとも適する(と思われる)ディスクを向井氏に勝手に処方いただく、実用性に溢れた本コーナーですが、連載開始よりめでたく約1年経過ということで現行フォーマットでは最終回とし、次回よりリニューアル新装版としてお届け致します(内容に関しては近日予告予定! 乞う御期待!)。というわけで最終回にふさわしく、シチュエーションは〈卒業式〉。……では向井秀徳、かく語りき。

卒業式。
舞台はあさひが丘中学校。
吾妻マサルは、他校の生徒としょっちゅうケンカをしたり、校内でもヤンチャで名の通った不良坊主だった。体育の梶山先生からはとくに目を付けられていて、体育館裏の倉庫でタバコを吸っているところを見つかってはよく怒られていた。冬場にはほとんど人が来ないプールの更衣室でタバコを吸っていたときも、タバコの匂いを嗅ぎつけてきた梶山先生に見つかり、マサルはよくビンタを食らっていたものだ。そんなマサルにも卒業の日がやって来た。
マサルはロック好きなんだけど、なかなかシブい趣味をした奴で、キンクスが大好き。ちなみにマサルの不良友達はみんなレッド・ウォリアーズとかを聴いてた。卒業式の日にもマサルの頭の中では朝から“David Watts”(『Something Else By The Kinks』収録)が鳴っていた。
卒業の日、マサルにはやらなければいけないことが2つあった。そのひとつは、幼稚園の頃から幼馴染みだった畑小勇馬(こゆうま)と決着をつけること。小勇馬とはちっちゃいときから何回も殴り合いのケンカをしてて仲は悪い。学校の廊下ですれ違っても〈やるか、この!〉ってな感じになる。そんな小勇馬は、あさひが丘中学校を卒業したのち、父親の仕事の都合でペルーに行くことになっていた。だからマサルは、とにかく卒業の日に小勇馬を徹底的に叩きのめして、自分のほうが強いということを証明しなきゃならなかった。
「卒業証書授与!」。
3月とはいえ、まだ肌寒い体育館講堂で厳かに卒業式は進行していた。マサルは、問題ばかり起こしてた中学生活を思い出しながら万感の想いで卒業証書を受け取った。マサルの頭の中では“The Village Green Preservation Society”(『The Village Green Preservation Society』収録)が流れている。
「卒業生退場!」。
在校生のブラスバンド部が演奏する〈威風堂々〉に乗って卒業生が退場し、卒業式は終わった。
マサルは、体育館を出るや、さっそくクラスの列から抜け出した。そして、となりのクラスの列に行き、小勇馬に「ちょっと来いよ!」と声をかけた。二人は、いま出てきたばかりの体育館の裏に向かった。「今日こそ決着を着けるぞ!」とマサルが言うと、小勇馬は「いいぜ」と返す。体育館裏倉庫に着くなり、マサルは先制のキックを小勇馬にかました。裏腿に蹴りを入れられて倒れこんだ小勇馬は「不意打ちは汚いぞ!」と言う。そんな二人の決闘シーンのバックでは“20th Century Man”(『Muswell Hillbillies』収録)が流れている。
幼いころからケンカをやり続けてきた二人は、お互いの力を知り尽くしてる。殴り合いは続くがどっちも「参った」とは言わないので決着がつかない。でもここで決着をつけないと小勇馬はペルーに行ってしまう。マサルはどうしても決着をつけないと気がすまない。終わりそうもない殴り合いを続けているうちに、マサルは「これは決着がつかないな」と思った。そして、ボタンも全部外れてボロボロになった制服を脱ぎ捨ててTシャツ一枚になった。そして小勇馬に「ちょっと来い!」と言い、いつもタバコを吸ってはビンタを食らっていたプール・サイドに向かっていった。プールには、夏から入れ替えをしてない水が張ってある。「25mどっちが先に着くか競争だ。これで決着をつけるぞ!」とマサルは小勇馬に言う。小勇馬は何も言わずに学生服を脱ぎ捨てた。そして二人はプールに飛び込み、クロールで競争を始めた。濁った水を掻き分けながら、二人は全力で泳ぐ。泳いだ。そして25m先のゴールに先に手をつけたのは……小勇馬だった。二人はプールから上がった。ズブ濡れになっているのですぐにはわからなかったが、マサルは小勇馬が泣いていることに気付いた。マサルは「お前泣いてるのか?」と訊く。小勇馬は「俺はペルーに行くけど、あさひが丘はお前に任せた」と言って去っていった。最後の決着に負けたマサルだったが、なぜか悔しさはなかった。
最後の決着が終わったころ、他の生徒たちはすでに下校していた。夕暮れの日射しが学舎を照らしている。そんなノスタルジックな風景のバックに流れるのは“Waterloo Sunset”(『Something Else By The Kinks』収録)。その日やらなきゃいけないことのひとつを終え、ズブ濡れになった制服からジャージに着替えたマサルは、やらなければいけないもうひとつのことをするために職員室に向かった。やらなければいけないもうひとつのこととは、体育の梶山先生に謝ることだった。
職員室のドアを開けたマサルは、梶山先生の机に歩み寄り、「先生!」と声をかけた。すると、梶山先生はジャージ姿のマサルを見て、大声で怒鳴り散らした。「貴様! 卒業式にジャージとはなんたることだーっ!」。梶山先生に怒られたときは、いつも生意気な目つきで睨み返していたマサルだったが、いまは違う。マサルはいつになく穏やかな面持ちで「梶山先生、いままで迷惑をかけてすいませんでした」と謝った。一瞬沈黙した梶山先生だったが、次の瞬間、顔を緩ませながら「卒業おめでとう」と一言、マサルに言った。
エンディングロールで流れるのは“Schooldays”(『SchoolBoys In Disgrace』収録)。(完)*インタビュー/久保田泰平
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