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第3回 ─ 灰色の犬

連載
踏 切 次 第
公開
2005/12/15   13:00
更新
2005/12/15   19:04
ソース
『bounce』 271号(2005/11/25)
テキスト
文/次松 大助

次松大助が見つめる、とある町の日常──

灰色の犬

 何十年もの眠りから醒めたような深い秋の青空に驚いて仕事を休んだ奥さんと2人、思い立って僕の生まれ育った町へ行くことにしました。生まれ育った町といっても、車で30分程の、忘れられた小さな住宅地で、どこにでもある風景をただコラージュしたような場所です。秋特有の感傷などではなく、僕がどんなところで子供時代を過ごしたのかを奥さんに見せたかったのと、僕自身もその町が今どう変わっているのかを、ただ確認したかったから、そしてそれをするには1年の内で今日しかないような、そう思わせる空の色をしていたからです。

 住んでいたのは小学校頃までなので、もう20年近く昔の話になりますが、当時の家は既に築40年は経っているんじゃないかと思われる、木造の風呂なし集合文化住宅で、小さな虫はもちろん、見たこともないような大きなコオロギや、映画でしか見られないような借金取りがよく出るところでした。さすがにもう取り壊されているだろうと思いつつ、近くの中学校脇に車を停め、その場所へ行ってみると、驚いたことにそっくりそのまま、昔のままの姿で家が残っていました。よく見ると、中には見覚えのある表札もあり、中学校に入ってすぐ不登校になった友達の家は、今もまだそこに残っているのでした。「あぁ、なるほど」、1人でそうつぶやいて、不意の感傷から避難したあと、僕は小さな町の案内人になりきって、〈ここのガレージで日が沈むまで壁とキャッチボールをしたから目が悪くなった〉だとか、〈ここの酒屋の主人が野球チームの監督だったけど、父はその酒屋のツケをずっと滞納していた〉だとか、〈ここのお好み焼屋の女主人は、外で遊ぶ子供たちに、よく冷えた麦茶を飲ませてくれたけど化粧が濃いんだ〉とか、たわいもない思い出話をしながら歩いていました。

 20年の歳月の割に、あまりにも変化の少ない町に驚きつつ、最終的に保育園を見に行って“アラレちゃん音頭”の話をして満足して帰ることにしましたが、本当に良かったと思ったのは、あの灰色の犬が死んでいたことです。時間の長さを考えれば、当然生きている筈もないのですが、あの歪んだ背骨と、不自由な後足を引き摺って、ひょこひょこと今にも出てくるんじゃないかと、少し怖かったのです。町全体が黙殺していたその犬は、吠えるでもなく、噛みつくでもなく、何十年も恋人を待ち続けているうちに、一体、何を待っていたのかを忘れてしまった、そんな風に死を待っていて、「人生に意味などないのだ」と子供たちに語りかけてくる、そんな老犬でした。帰りの車で、「今日は外でご飯食べよう」と話しつつ、――たとえ意味などなくとも、強気で生きよう。あの灰色の犬の、崩れた背骨に呑み込まれてしまわないように――そう繰り返し考えながら、カレーうどんを食べて、無事に踏切の街に帰ったのでした。

次松大助
99年に大阪で結成されたオリジナル・スカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。12月15日に神戸チキンジョージで行われる〈ROCK AROUND KOBE vol.23〉にスクービードゥーらと共に出演予定。さらなるThe Miceteeth情報は〈www.miceteeth.net〉にてチェックを

今月のBGM
パブロ・カザルス
『鳥の歌――ホワイトハウス・コンサート』

ソニー
チェロの第一人者、パブロ・カザルスのホワイトハウスでのライヴを録音した超名盤。ジャケ写の、おじぎするパブロと、足を組んで笑っているセレブな女性。しかしなるほど、音楽家はどこまでも芸人であるべきです。