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第8回 ─ 奇想天外な学園祭で聴きたい盤

連載
向 井 秀 徳 の 妄 想 処 方 盤
公開
2005/11/04   16:00
更新
2006/03/02   19:19
テキスト
文/bounce.com編集部

向井秀徳(ZAZEN BOYS)の語り下ろし連載がコチラ。毎回編集部が設定したシチュエーションにもっとも適する(と思われる)ディスクを向井氏に勝手に処方いただく、実用性に溢れたコーナーです。アナタの生活の一場面を、向井秀徳のフェイヴァリット・アルバムとともに過ごしてみるのはいかがでしょう? 第八回目のシチュエーションは、学園祭……なんですが、いつものように妄想はスゴイ方向に……では向井秀徳、かく語りき。

(いつものように妄想世界へ突入)
  今年も都立青山学園大学では学園祭が行われる。大学の学園祭というのは、いろいろなサークルに所属している学生たちが常日頃の活動の成果をアピールする場になるわけだが、都立青山学園大学にも、本当にチャラい出会い系サークルからフィギュア・サークルなどマニアックなもの、英語研究会、落語研究会まで多種多様なサークルがあり、今年もそれぞれが学園祭に向けて着々と準備を始めていた。

 学園長の橋田スマ子は70歳を過ぎたおばあさんなのだが、服飾デザイナーなどもやっていて、気持ちは結構若々しい。そんな学園長が学園祭を前に「いつもと同じじゃつまんないじゃない!」と言い出した。学園長は去年も「ミスコンばっかりやってるけど、学生だけじゃつまんないじゃない。〈シニア・ミス・コンクール〉を開催しようじゃない」と言って50歳以上の女性職員たちを対象にミスコンをやり、しかもそれに自分も出場したのだった。そんなふうに思いつきでアイデアを言っては強引に実行してしまう、非常にアクティヴな女性学園長が今年もなにやら思いついたわけだ。「同じ趣味をもった若い子たちが集まってサークルに群がってるけど、そんなんつまんないじゃない!シャッフルしましょうよ」と。世の中にはいろんな人たちがいるっていうことを理解させるための教育的な部分もありつつ、それぞれのサークルの人たちを無理矢理シャッフルして、それでなんかやりなさいと。そうやって、今年の学園祭のテーマは〈サークル・シャッフル〉に決まった。それを聞かされた学生たちは当然そんなことできるわけないと反発する。しかもテーマを決められたのが学園祭当日の1週間前。なかでも、学園祭で他の女子大の学生と知り合うために躍起になっていろんなパーティーを企画準備していた出会い系サークル〈テニス&スノウ〉のメンバーは、猛然と橋田学園長に詰め寄った。すると学園長は「そのパーティーをシャッフルしてやればいいじゃない!」と。メンバーが「できませんよ!」と返すと学園長は「退学すればいいじゃない。他の大学行けばいいじゃない」と言って学生の言い分を通さない。〈シャッフルしないと退学〉まで言われた学生たちは、しょうがなくその条件を呑むしかなかったのだった。


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  シャッフルは、各サークルの名簿をアトランダムに並べ替えて発表される。学内でもっとも大規模なサークルは〈テニス&スノウ〉で、部員は300人くらい。逆にもっとも小規模なのはメンバーが3人しかいない〈ジャム部〉。メンバーが50人ぐらいいる〈ジャズ研究会〉というのは別にあって、そこではおもにビッグ・バンド・オーケストラの演奏をやっていたりするのだが、ジャム部は延々とジャム・セッションばかりをやるサークル。部長の名前は三本林勝。眉毛とヒゲが繋がってるぐらい体毛が濃い。大学は8年生のときに除籍されたが、ジャム部にはずっと居座り続ける相当な頑固者。40歳。担当楽器はアルト・サックスで、他の2人のメンバーを常にしごいている。ちなみに他のメンバーも大学8年生だ。ジャム部はその3人でいつも旧校舎の倉庫で延々セッションをやっていて、年に一度の学園祭のときだけ講堂のステージで演奏することを生き甲斐として活動している。そんなジャム部も、もちろん〈サークル・シャッフル〉に参加しなければならなかった。が、大学を除籍されている三本林部長はその対象にならず、ひとりジャム部に残った。他の2人のメンバーは、アメフト観戦をおもな活動とする〈アメリカン・フットボール・ワールド〉というサークルにシャッフルされた。
「演奏をやめて、なんでそんなサークルに行くんだ!」
「退学になるんで……」
「お前8年生じゃねーか!」といった三本林部長と2人のやりとりもあった。

 このうえなくつまらなさそうな顔をして、他のサークルからシャッフルされたメンバーがジャム部にやってきた。これがなんと学園一の規模を誇る〈テニス&スノウ〉のメンバー。大学2年生、20歳にして〈団長〉といわれてるカリスマ的な遊び人で、名前は伊賀谷誠矢という。「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」とつまらなそうな顔をして練習倉庫に入ってきた彼を見るなり、三本林部長は「お前が新入りか。楽器はなんだ?」と訊く。すると伊賀谷はふざけて「女の子だったらイイ音出せるよ、オッサン」と答える。三本林部長は静かに「女か……」と呟きながらしばし考えをめぐらし、「それならお前はクラリネットだ。クラリネットの音は女のアノときの声とすごく似てるからな」と伊賀谷に言った。

 伊賀谷に続いて、小柄で痩せ型のすごく根暗な男がやってきた。名前は丸井丸男という。秋葉原全般のことを楽しむ目的で、10人ほどの生粋のマニアが集まったサークル〈秋葉原電撃研究徒歩会〉からシャッフルされてきた。三本林部長は、丸井を見るなり「お前の楽器はなんだ?」と訊く。丸井は決して目を合わせようとはせず、常にオドオドした態度を見せながら焦っているような早口で答えた。「いやですね、あのですね、〈シューティング・スター・レヴォリューション〉では8,000,000点クレジットすることができます」と。ゲームセンター全般を専門分野とする丸井の言っていることが、三本林部長にはさっぱりわからない。どうやら〈シューティング・スター・レヴォリューション〉というのは、リズムに合わせてギター型のコントローラーを手で叩くゲームらしい。その説明を聞いた三本林部長は「そうか、じゃあお前はパーカスだ」と丸井に言った。

 続いてやってきたのは完全体育会系、相撲部からシャッフルされてきた男。三本林部長は見るなり「そのデカい腹はすごくファットな音が出そうだな」と言い、彼にベースを任せた。そうやって集まったシャッフル・メンバーでジャム・セッションをやることになったわけだが、三本林部長以外は当然やる気がない。しかし、退学を避けたいシャッフル・メンバー3人は、仕方なく楽器を手にする。そして、ほとんど弾けないながらも部長のカウントに合わせてなんとか音を出そうと悪戦苦闘する。そんなメンバーを見て、三本林部長は「やる気あんのか!」と猛烈に怒る……かと思いきや、「このサウンドは……クールすぎるぜ。これぞフリー、これぞピュア、これぞフリー・ジャムだ!」と絶賛するのだった。みんながバラバラで鳴らした音が三本林部長の狂った感性にマッチングしたらしい。そう言われたメンバーたちは「いや、テキトーにやってるだけなんですけど」と答えながらも、自分たちはこんな表現ができるんだ、と段々楽しい気分になってきた。伊賀谷もクラリネットを吹きながら〈たしかに三本林部長の言ったように、女を泣かしてるような気分だぜ!〉と興奮しているのだった。

 学園祭のステージ当日。ロック研究会、ジャズ研究会のメンバーたちも、一週間それなりに練習してきた。しかし、シャッフル・メンバーによる演奏は素人の耳にも聴くに耐え難いものだった。〈琴の会〉という邦楽サークルの演奏も散々なもので、講堂に集まった学生たちも、そんな演奏を見ながら「なんだこのヘタクソ演奏は」としらけはじめる。そんななか、いよいよジャム部の出番がやってきた。三本林部長の〈シックス、スリー、エイト、テン!〉という4カウントを合図に、4人は狂ったように演奏しはじめた。それはもう、他の音楽サークルのヘタクソ演奏を遥かに越えるムチャクチャなアンサンブル、ムチャクチャな音程、ムチャクチャなリズムで。だが、演ってる本人たちはトランス状態。そのエネルギーが伝わったのか、観客たちが徐々に反応しはじめた。みんな手近にある物を手にとって音を鳴らしはじめたり、奇声を上げたり。講堂にいた1,000人を越える学生たちが全員トランス状態に入って、それはもう、ひと言で言うと〈騒音〉を放ちまくっていた。その〈騒音〉は講堂の外にいた学生たちにも伝わって、なんだ!?なんだ!?と集まってくる。しまいには学園全体にビートが伝染していき、橋田学園長も「これっていいじゃない! いいじゃない!」と言って踊り狂っている。もはや青山学園大学全体がジャム・セッションを繰り広げていた。

 学園横の道路で信号停止してたベンツの窓が開く。そこにはひとりの黒人が乗っていて、学園の方向を見やりながら「What's Going On?」と言った。彼は、東京ジャズ・フェスティヴァルのために来日していた、世界でも著明なジャズ・ミュージシャン、オーネット・ハンコックであった。学園から漏れてくる〈騒音〉を聴きながらオーネット・ハンコックは言った。「It's So Cool!」と。(終)

(エピローグ)
  劇中に流れているのは延々とジャム・セッションの〈騒音〉。しかし、エンディング・クレジットのバックで流れるのはデイヴ・ブルーベックの“Take Five”(『Time Out』収録)。実は三本林部長はこういったスタンダード・ジャズがすごく好きで、中学生の頃からこういう演奏ができるようになりたい!と思ってたんだけど、ヘタすぎて全然できなかった。〈それならムチャクチャやったろ〉ということで、フリーな音楽をやるようになったんです。(インタビュー/久保田泰平)

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