先月で終了した当連載「CDは株券ではない」ですが、来週からスタートする新連載を前に、単行本に収録されている〈05年上半期の音楽界総括インタビュー〉の特別バージョンをお届け。05年上半期のヒットチャートを見ながら、現在の音楽界を菊地成孔が分析します!
この対談は6月に行われた物です。書籍版「CDは株券ではない」に収録されているバージョンと同じソースですが、書籍との差別化を図るため、書籍版で使用されていないパートを含め、書籍版と同じソースの部分も、校正を改め〈最終版〉としています。また、これを書いている9月末の状態から脚注を付けています。それにしてもたった三ヶ月前のことなんですねこれ。(菊地成孔)
――(今年上半期のオリコンチャートを見ながら)突出しているのはケツメイシの“さくら”ですね。90万枚を超えています。去年リリースしたシングル“君にBUMP”が15位だったんですが、それでも彼らにとって最も売れたシングルだったんです。
菊地 んー、上半期だけで判断しなくちゃいけないのが難しいところだね。
――去年はミリオンがなかった年でしたよね。でも、今年は“さくら”がミリオン達成するんじゃないかという予測は立てられると思うんです。
菊地 それにしてもミリオンに届くのは今のところ“さくら”の一曲だけだからさ、事態は変わらないわけだよね。最近FMの番組をやるようになってさ、毎週10枚分のチャート上位曲を聴いているんだよ。この連載でこれまでやってきた〈1年間で36曲〉に比べると、だいぶ状況が違うわけだ。毎週10枚聴くジャンルってないからさ。ジャズですら毎週10枚なんて聴かないんだよ(笑)。
――そんななかで、なにか新たな発見はありましたか? ORANGE RANGEについては本連載でも割と語っていただいていましたけれど。
菊地 一言で言うとニュータイプなんだよ。僕はテレビも見ない、音楽誌も読まない、この連載で送られてくる資料は読むけど、体感としてはタイアップのこともわからない。そういうレベルで聴いてみて、楽曲の力のみ。っていう視点で判断して、売り上げ予測を外してきたんだけど(笑)、そういう視点から見ても彼らは完全にニュータイプなの。例えば、ケツメイシの“さくら”は、凄く強い。楽曲がよくて、歌唱もレコーディングもミキシングもいい。でも、そんなケツメイシですら旧世代に感じるんだよね。
――その差っていうのは明確にあるんでしょうか?
菊地 明確にある。これを言っても別に誹謗にはならないと思うんだけど、ORANGE RANGEは盗作を前提にしている。しかも、1曲からじゃなく複数の曲から持ってきているわけね。盗作っていうのは、1曲対1曲の関係だと〈権利〉という概念に対する犯罪性(笑)が際立つんだけど、1曲対2曲になると、ターンテーブルが2台になったときのように、面白みが出てしまう(笑)。そうなるともう単なる盗作とは言えない。手法的にオリジナルに聴こえてしまう(笑)。彼らは盗作を公言していて、「盗んでいくんだ」っていう、まるでヒップホップの初期に戻ったみたいな意識的な強さがあるわけだよ。
――90年代の渋谷系と呼ばれた人たちの中にも、複数の曲から持ってきて1曲を作っている人がいましたよね。
菊地 90年代にそういうことをやっていた人たちはどこか痛いんだよ。「洋楽のこんな渋い、美味しいところを持ってきている」という趣味のひけらかしだったりしたわけで。それに、これは僕の持論だけど、90年代は最もパクってない時代だった。渋谷系。というのは作曲に限った場合、楽曲の盗作をする技術力すらなかったと思う。
同じバックトラックを作って、替え歌を歌っていた時代だ。作曲上のパクりは7~80年代のがずっと酷い。ORANGE RANGEはそういう世代間の問題を越えて、一歩先に行った。彼らが、“ロコローション”のネタである“Loco-Motion”に対する思い入れがあるかさえ全くわからないでしょ(笑)。
――“Loco-Motion”は原曲を知っていたのかどうかも疑問ですね。
菊地 それがまだ謎なところがORANGE RANGEの瑞々しい魅力と関わっているんだ。彼らがどういう風に曲を作っているのか全部わかっちゃった段階で、失速する可能性もあるわけだ。あと、ORANGE RANGEの音楽はものすごくアメリカっぽい音楽なわけでしょ。こんなこと誰も言わないけど、それは結果として本土に対するある種の批判になっていると思う。まるっきり沖縄であるそぶりを見せないことも含めて(菊地註※最新シングルでやっと見せています)。
ラジオにリスナーからメールがくるんだけど、アンチORANGE RANGEの勢力っていうのがものすごいあくどいんだよ(笑)。ORANGE RANGEを褒めたりすると、どうしてあんなに彼らだけが憎悪されるのかが全くわからないレベルで誹謗や呪いのメールが俺たちに届くんだ。しかも面白いことに、9割がアニソンのファン(笑)。今の日本のチャート界を戦国時代の勢力図に例えると、ORANGE RANGEのファンとアニソンのファンが戦ってるの(笑)。そして、アニソンのファンは被差別意識をエネルギーの根源としている。
――アニソンのファンはチャートを動かすだけの数がいるわけで、マジョリティですよね? 被差別意識っていうのはマイノリティの意識じゃないんでしょうか。
菊地 マジョリティだけど気味悪がられてんじゃないか?というかなり屈折した自虐があるんじゃない。「自分は会社の社長だけど、社員はみんな俺のこと臭いと思ってるんじゃないか」みたいな意識に似ているんじゃないかな。非常に日本人っぽいよね。僕はORANGE RANGEとアニソンという対立構造がもっと激化して欲しいのよ。巨人阪神みたいなライバル関係として、日本を二分するような構造になって欲しいね(菊地註※一時的なモノでした・笑)。
――あと、今年にはじまったことではありませんが、つんく♂関連の楽曲が目に見えてチャートから落ちているなと。
菊地 Zetima帝国の黄昏だよね。根がいい人だとしか思えないから、悪いことにはならないんじゃない? 金儲けも実直にやってる感じがするし、昔の仲間も大切にしているしさ。つんく♂が儲けることに関しては誰も文句を言わないでしょ。Zetimaだけが生活の全てだっていうファンにおける切実さには移入できないけど。でも、ああいう世界はどこまで狭くなっても大丈夫だと思うね。鈴木亜美は僕が思っているよりもずっと売れているわけだし。それよりも、タイトルに〈さくら〉が多すぎてチャートが右傾化(笑)していることを指摘しておきたいね(菊地註※その後、自民党が歴史的な圧勝を記録しました・笑)。
――どうしてこんなに〈さくら〉だらけなんでしょうか(笑)。
菊地 花と散る象徴だからさ。靖国問題も絡めているんじゃない(菊地註※その後、自民党が……あれさっき書いたか)。一時期、〈さくら〉って名前が付く曲がチャートに4曲入ったことがあってさ。“さくらんぼ”だの言い出したらもっとあるの(笑)。
――“さくらんぼ”は大塚愛ですね。上半期のチャートでは、“SMILY/ビー玉”が25位と今ひとつ乗り切れていない感もあります。
菊地 大塚愛はね、ものすごくぶっちゃけて言えばアニメ声ってことだよね。可愛いくてアニメ声でエッチなことを歌ってくれるんだから言うことなしでしょ。だから声優の代替品というか。アニメ声という美意識は支持するけど、現行の声優は喰えない。という人だって山ほど居るはずだから。あと、これはどうしても補足しておきたいんだが、彼女は斜視だと思う。斜視がセクシー。というのは1960年代の価値観です(笑)彼女はルネサンスの側面があるの。
――去年末はiPodについて語っていただいてます。その中ではベスト盤がアルバム・チャート・トップ10のうち5枚を占めていたことiPodの関係について指摘していただきました。さらに状況が変わって、今はiPodが普及して、ヘヴィーな音楽ユーザーもライトな音楽ユーザーもiPodに支配されているような感もあります。
菊地 iPodの時代は去年語ったと同時に終わって、ORANGE RANGEのようなブランニューが登場することでチャート界がものすごく活性化したんじゃないか……と思いたい。相撲界に小錦が登場したときのようにさ。セルフメイド・アーカイヴィングしかやることがないという時代はもう超えて、半分終わってやっと00年代の音楽が生まれたことの喜びに満ちている……ように見え無くない(笑)。そういう意味では、今年は上半期にして景気がいい感じがするけどね。ただ、ORANGE RANGEの今後がどうなるかは甚だ心許ない。日本人の倫理観はヒップホップなラディカリズムは許容しないから(菊地註※この対談時で既に抗議があり、自主規制的にクレジット変更していたのでした。その後、メンバーの脱退などを経てシフトチェンジしましたが、9月末現在、やはり〈出せばトップ〉の力には変わりはありません)。
※こちらの記事のロング・バージョンが書籍版「CDは株券ではない」に収録されています。未読の方はそちらもぜひ!
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