我が国におけるサントラ界の最重要クリエイター、菅野よう子。『cowboy bebop』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』といったアニメーション作品から、『tokyo.sora』『下妻物語』といった実写映画まで手掛け、印象的かつ幅広い音楽的素養を持つ彼女だが、その実像はいまだ謎に包まれている。『阿修羅城の瞳』を手始めに、立続けに公開になる関連映画のタイミングで話を訊く貴重なマンスリー証言特集も第4回となる今回で最終回! 徐々にその実像を露にしてきた菅野よう子の素顔は果たして? 彼女が手掛けた主要サントラ盤をガイドする下記@TOWER特設ページも合わせてチェック!
菅野よう子
ついに、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 3』のアルバムも発売となり、『創聖のアクエリオン』サウンドトラック2も9月にリリースが決定し、盛り上がる菅野よう子ワールド。不思議作曲家への直撃インタビュー特集も、ついに最終回でございます。
さて、今回は、最後の菅野語録的な部分を踏まえ、書きつくします。まずは、菅野ワールドのファンならご存じの、録音に参加するアーティストたちについて。ティム・ジャンセンやイラリア・グラツィアーノといった、欠かせないメンバーたち。
「イラリアは、彼女が20歳ぐらいの時〈ナップルテール(註:『妖精図鑑』『怪獣図鑑』の2作からなる、ドリームキャストのゲーム・サントラ。現在廃盤!) 〉から参加してもらってて、小柄で妖精ちゃんみたいな、かわいい子なんですよ。声って嘘がつけない。だから本人のパーソナリティに合わない曲を仕事だからと歌わせることはしたくないです。イラリアが歌うときは、その歌を気に入ってもらいたいと思う。だから彼女をプロデュースしている感じで録音します。ティムに詩を書いてもらうときも、細かい部分まで話し合ってやり取りします。時には、彼らの人生の悩みを聞いたりもします(笑)」。
観客/リスナーを楽しませるまえに、共に演奏する、作業するメンバーたちも楽しんでもらわないとだめ、と断言。
「作曲家って、小説家、絵描きなどと同じく孤高の芸術家というイメージがあるかもしれないけれど、実はなかでも一番腰が低くないとできない商売だと思う。メロディーを譜面に書いたところで何にもならなくて、それを演奏する人、録音する人、マスタリングする人、ジャケット作る人などがいてはじめて、みんなの耳もとに届くから。途中の誰かが不機嫌にしていたり、こんな曲は弾きたくないと思いながら演奏すれば、不機嫌さをパッケージして観客に届けることになっちゃう」。
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGより
「極端なこと言うと、こういう曲にしたいという自分の欲求よりもむしろ、その場にいる人から良い演奏、良いエンジニアリング、良いデザインを導きだすためにオダテてスカシて、ということが、作業の大半を占めるわけ。演奏する人の顔を思い浮かべることが曲書きの基本で、もしその人が録音に来れなければ曲を作り替えるくらいのこと、平気でします。女優を思い浮かべて脚本を書いたり、俳優が降板すると映画もボツになったりするのと同じではないかな」。
「いい曲を書くのは当然だけど、こうして生身の人間の手をお借りしなければ何もできないという現実に対処していく力がいる。何人か同業者の友達がいるけど、威張って見えるとしても、実際偉そうにしている人なんて一人もいないよ」。
「でもその一方でプロデューサーとしてはそれと正反対の心意気なの。つまりその場の全員が反対したとしても、これがイケル、と思えば押し通すような。プロデューサーとしては、歌い手を泣かせてでも歌わせる悪魔に変身します。結果たとえば作品の売り上げに対して責任があるから」。
「もしかしたらこういった取材の質問に対して、ある時はプロデューサーとして、ある時はいち作曲家として、違う立場で答えてしまっていたかもしれないね」。
さて、〈攻殻3〉も社会派アニメに一見そぐわない、メロディアスでクールでいながら、心の空虚を表すかのようなサウンドがまとめられている。永遠の夢見る少女作曲家ならではのなせる技か、とは、この名言から。「いつも、ラブな気持ちで作ってますから。いろんな意味で」。そして「どうやったら、この作品をほかの誰よりも素敵に見せられるか。時間と予算の許す限り、自分にできることはすべてやった、と思いたい。おおもとのパッションは〈これをなんとかしてやるぞ〉って感じ」。まさしく〈攻殻〉含め、ほかの誰よりも素敵に完成している。「企画屋みたいなところもあるね」。
かといって特に映画の場合だが「これはこういう映画だという主張はあまりしたくない」。という意味も含めて、ひとつのメインテーマで作品を構成することは菅野サントラではありえない。面白いのが「下妻物語」。「もう、あれは極端。ひとつひとつの曲の傾向が少しでも近かったら、わざわざ離す(笑)ぐらいにバラバラ。けどあれはプロデューサーは違う人。いち作曲家として関わるとああなります」。
過去の傑作『WOLF'S RAIN』では、ボサノバ・サウンドまでもアニメーションに取り入れた。それも、あのジョイスやマルコス・スザーノとコラボレートという本格的なブラジリアン・ミュージシャンとのセッションである。「単にブラジルに行ってみたかったから(笑)。いや、都会の野生がテーマなので、都会の野生といえば……ボサノバでしょ(笑)」。
音の企画屋さんの究極は……じゃあ、映画プロデュースをやりませんかって話が来たら?
「もうッッ、そういうのっ、大ッ好き!! 絶対売ってやる!!とか、あの人に絶対見てもらうぞーとか、そういうこと考えるの楽しい!」。
こうして日夜、夢見る少女はいろんなストーリーに自分の絵の具をつけて、唯一無二な作品に仕上げていく。そういいながらも、自分自身も、ジャンルにとらわれないスタンスは常に保とうとする。というか、それこそが菅野色であろう。この特集の最終回時にリリースとなった〈攻殻3〉は、このサントラの前ニ作を万が一、まだ耳にしていなくてさえも、驚愕必至の音世界であるので、絶好の紹介タイミングでありました。必聴です。
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGより
ところで。話は突然変わって。
「本で読んだんだ。モーツアルトが宮廷からの発注で多くの曲を書いたこと、よく知られているけれど、たとえば、音楽の教科書に出てくるハイドン。正規の音楽教育を全く受けず、すべての作品が注文に応じて書かれたものだって。当時の人気作曲家よね。いわゆる習作とか純音楽、と言われるものが、ひとつもない。バッハの数限りないカンタータは、それが歌われる目当ての祭日、その日一日だけ歌われて、それきり。次の祭日のためにまた彼は新しい歌を書いてた。まるで、いまのコマーシャル音楽みたいじゃない? 教科書に残るような作曲家は、ひとつかふたつの有名な曲で語られがちだけど、彼らが生きていた当時確立されていたあらゆるジャンル、たとえば合唱、吹奏、室内楽、交響曲などに、実はそれぞれ代表曲がある。曲書きは、守備範囲が広くて当たり前なんです。現代に近づけば、映画、バレエ音楽に素晴らしい作品がたくさんあるストラビンスキー。日本だったら、童謡〈ぞうさん〉からオペラまで書き尽くした團伊玖磨。亡くなったばかりの武満徹は現代音楽作曲家として有名だけど、ポップス、コマーシャル音楽、歌謡曲アレンジ、映画音楽、おまけに素晴らしい文章まで残している。こういった、職業として作曲をしている人たちの日常を知る人は少ないと思う」。
「〈ソロ・アルバム作らないんですか? アニメサントラなんかやってないで……〉という質問をあまりに何度もされるもんだから、作曲家って生きているうちから自分の代表作をまとめないといけないのかと思ってた。だけどこの仕事をしながら、自分で自分のことを語る余裕は全然ないです。私は音符を書いたら終わりというのではなくて、誰かに演奏してもらい誰かに聴いてもらう、そうやって作品を通じて人と関係していくことが好きなんだと思う」。
さあ、次はどんなストーリーと格闘(ラブ)するのか。これほど、次作が気になるアーティストも、ほかにいまい。
本当に最後に。「どの作品も、(録音が)終わったらいつも、ああもうサイテー、もう聴きたくない、と思っちゃう」。実は、なんてシャイな。そして「一番やってみたいのはネ……バナナの皮ですべってピョン!(笑)みたいな、そんなくだらない作品をやりたいのよ」。
なんて、壮大かつキュートじゃありませんか。
※菅野よう子が手掛けた主要サウンドトラックをガイド付きで紹介する@TOWER特設ページはコチラ!