第3回目を迎える向井秀徳(ZAZEN BOYS)の語り下ろし連載がコチラ。毎回編集部が設定したシチュエーションにもっとも適する(と思われる)ディスクを向井氏に勝手に処方いただく、実用性に溢れたコーナーです。アナタの生活の一場面を、向井秀徳のフェイヴァリット・アルバムとともに過ごしてみるのはいかがでしょう? 今回のシチュエーションは〈梅雨時の部屋の片付け〉です。では向井秀徳、かく語りき。

雨の日に何をするかと……6月ですから、雨が降るっていうのもわかりきってる。この季節はしょうがないと、認識してますから。まあ、しょうがないと思いつつも、胸の奥ではどこか曇る感じがあるわけですね。基本的にレイジーな、ちょっと憂いを帯びた気分になると。
(ここから突如、妄想の世界に……第一章)
そいつの部屋の窓ガラスには、無印良品で買った遮光性の弱いカーテンが一枚かかってる。2階の部屋のその窓から光が、雨降りなんで鈍い光が差し込んでいて、部屋のなかがちょっとブルーな色合いになっている。で、朝、目が覚めるわけですけど、見える世界は灰色がかった青色ですよ。だからといって端から気分が落ち込んだりするわけでもなくて、でも、ちょっと心のなかでひっかかるものがある。けど、それがなにかはわからないってことを考えながら、そいつはふと思い出すんですよね。今年の3月、家に届いた一枚の封書。封を開けたら〈不合格〉の文字(笑)。もう浪人も3年目だからいつまでも実家にいられないし、肩身が狭い。勉強部屋に青い空気が広がるわけです。そこで流れるBGMはドアーズの“Riders On The Storm”(アルバム『L.A. Woman』収録)。そいつはこの曲の主人公みたいに、嵐のなかを突っ走っていくライダーのような激しい奴じゃないですけど。というか、その対極にいるような奴で(おもむろに聴き始めながら)……なんというか、このエレピがそいつの気怠さに似合ってるんですよ。雨の日というのは憂鬱な気分になりますけど、そういった〈憂い〉を帯びた曲ですね、これは。

問題のエースコックわかめラーメン
(第二章)
気怠く過ごしててもしょうがないんで、今日は部屋の片付けをしてから勉強を始めようとそいつは思い立ったんですね。なぜ片付けなきゃいかんと思ったかっていうと、昨日の日曜日に〈頑張れ会〉がそいつの部屋であったんですね。大学3回生になる同い年の友達二人と、そのうちの一人が連れてきたカノジョと共に、発泡酒を飲みながらあれやこれや語り合ったわけです。で、その後片付けをしなきゃいかんと思ったわけなんですけど、その前に腹を満たさんといかんと思って、1階に降りて行く。1階のダイニングキッチンに行くと、テーブルの上には毎朝のように用意されているカツ丼があった。3回失敗してるけど、やっぱり息子には頑張ってほしいという母親のゲン担ぎで。でも、そいつにとってはそれがプレッシャーとなって心の痛みになっているわけです。とは思いながら、とりあえずカツ丼を食らう。ダイニングキッチンの電気はわざと付けない。カツ丼を食らいながら、今日は部屋の片付けをせないかんと思う。で、カツ丼をペロリと平らげ、自分の部屋に戻って片付けを始めるわけですが、とりあえず目の前にあるスナック菓子の袋とか発泡酒の缶とかを片付けるところから始める。すると、発泡酒の缶のなかに酒が3分の1ぐらい残っていた。もったいねーなって思って飲んだら、思わずベーっと吐き出した。友達がその缶を灰皿代わりにしてたんですね。でまあ、そんなこともありつつ、〈頑張れ会〉の後片づけは済んだんだけど、まだ諸々散らかってるわけですわ。まずは、小学3年生のときから愛読し、もはや惰性で買い続けている「少年マガジン」の山。むこう3ヶ月ぶんの「少年マガジン」がベッドの下に積んであるうえに、押し入れにもいっぱい取って置いてるんです。で、それを今日はヒモで縛ってまとめようと部屋のなかに広げるんですけど、そいつはヘンなところで几帳面だから、番号順に並べようとする。さらには途中で読みふけったりして全然整理がはかどらない。そうこうしているうちに昼ぐらいになったんで昼ゴハンを食べようと思い立つ。普通だったら近くの〈デイリーヤマザキ〉に行くんだけど、今日は雨だから億劫だと。でまあ、家のなかにあるものを物色して、食器棚の上の乾きモン入れに入ってたエースコックのわかめラーメンを食べようとする。昔、石立鉄男がCMをやってたやつですわ。で、エースコックのわかめラーメンを食いながら、昼ドラを見てしまう。誰もいない居間で、また気怠い午後が始まる。それは毎日のことであって、そいつは午前中にほとんど勉強したことがない。そんなシーンに流れるBGMは、ソニック・ユースの“Rain King”(アルバム『Daydream Nation』収録)。80年代のソニック・ユースが持っていたブルーな感じは、そんなシーンにすごく合いますね。この曲は、サーストン・ムーアじゃなくて、ギターのリー・ラナウドが歌ってますけど、この人の書く曲っていうのがどれもこれも非常にレイジーなんですよ。“Wish Fulfillment”(アルバム『Dirty』収録)なんかも、雨音が響くダイニングキッチンのような、ブルーな世界って感じがしますね。
(第三章)
そのあとそいつは怠惰にワイドショー番組なども見てしまい、やっと部屋に戻ったのは夕方ぐらい。今度は勉強机を片付けようとする。山のように重ねている問題集や参考書をかたそうとするんですけど、今度は出版社別に並べようとしはじめる。そして、出版社別に並べ終えて、〈美しい〉と悦に入る(笑)。そいつは、参考書を使って勉強しようとするんじゃなくて、並べたことに気持ちよくなってるわけですね。そういう癖はほかにもあって、机の引き出しにボールペンが山のように入ってるのも、新しい文房具を買ったら勉強のヤル気が出るだろうって、使えるのがなくなったわけでもないのに、いっつも新しいの買うんですね。でまあ、そんなことをやってるうちに母親がパートから帰ってくる。その足音を聞くと、そいつはいつも〈また勉強やってる素振りを見せなきゃいけない〉って憂鬱になる。で、机に座って勉強を始めようとするんだが、まずノートに今年の目標を書く。〈部屋の片付けを定期的にする〉とか〈買った問題集を出版社順にやっていく〉とか〈シャーペンの芯はHBに統一する〉とか(笑)。そういうどうでもいい目標を立てて自分にヤル気を起こさせようとしてる。で、それが終わると、また1階に降りて行って〈ゴハンはまだ?〉とか言う。母親が毎週見ている〈東京フレンドパーク〉をいっしょになって見る。そんな調子で、次に自分の部屋に戻るのは父親が帰ってくる10時半ぐらい。父親が帰ってくると、冷蔵庫に入ってる発泡酒を4本ほど掴んで部屋に戻る。とはいっても、勉強を始めるわけでもなく、さっき整理しかけていた「少年マガジン」を読み始める。発泡酒を飲みながら。でも、そいつはあんまり酒が強くないので、3本目を飲んでいたあたりで気持ち悪くなって、寝ようとする。寝ようとするんだけど、頭がグルングルン回ってきて、〈こりゃ吐くぞ〉ってなるんですわ。で、2階のそいつの部屋の窓を開けて、ベーッて吐くんです。1階の屋根の上に散らされたゲロが雨で洗い流されていく。その光景を見てそいつは〈何やってんだろう?〉……とは思わない。〈明日また「少年マガジン」の続きを読もう〉とか呑気に考えながら寝るんですよ。で、このストーリーのエンドロールが流れる。何も起こらないし、何もやってない。タイトルは……〈俺は何もやってない〉(笑)。そのエンドロールのバックには、カスケーズの“悲しき雨音”とか流れてるのもアメリカン・ニュー・シネマっぽくてイイんですけど、そんな洒落たエンディングはそいつには似合わない。発泡酒飲みながら「少年マガジン」読んで、気持ち悪くなってゲロ吐くような奴ですから。そいつの存在自体を雨で洗い流すような曲がイイ。雨ってのは街のいろんな汚いものも、そいつの怠惰やゲロも洗い流す……そういったメタファーですよ。そういうわけで、エンドロールのバックで流れるのは、THE MODSの“激しい雨が”(アルバム『HANDS UP』収録)。この曲で洗い流せやと。(完)(インタビュー/久保田泰平)
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