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第5回 ─ 永遠の勝者、カートムの栄光

シカゴ・ソウルの真髄……カートム前夜のカーティス・マジック

連載
IN THE SHADOW OF SOUL
公開
2005/05/19   13:00
更新
2005/05/19   14:20
ソース
『bounce』 264号(2005/4/25)
テキスト
文/林 剛

 カートムを軌道に乗せるまでにカーティス・メイフィールドが行ってきたさまざまな仕事は、イコール初期シカゴ・ソウルの歴史そのものと言っていい。核となるのはもちろんインプレッションズでの活動だが、それと並行して60年代のカーティスはいくつかのレーベルで裏方仕事にも勤しんでいた。例えばデビュー当初のインプレッションズを抱えていたヴィー・ジェイでは、グループから独立したジェリー・バトラーのソロ曲のソングライトに関与し、元同僚の出世に貢献。それに続いては、オーケーを舞台にジェリーの弟ビリー・バトラー(&エンチャンターズ)らのシングルに関与。レーベルA&Rのカール・デイヴィスやアレンジャーのジョニー・ペイトとのトライアングル体制でシカゴ流のソリッドなノーザン・サウンドを編み出していった。オーケーでは他にも“The Monkey Time”のヒットで知られるメイジャー・ランスをはじめ、ウォルター・ジャクソン、ジーン・チャンドラー、アーティスティックスらに関わったが、うち数組は後にカートム入りも果たすこととなった。

 また、そのカートム設立前となる66年に設立されたのがウィンディCとメイフィールドというインディー・レーベルで、運営自体は失敗に終わるも、ここから送り出されたファイヴ・ステアステップスやファシネイションズらの作品にもカーティスの非凡な才能を見て取ることができる。カートムでのいきなりの勝利宣言は、こうして実績を上げてきたカーティスの自信の表れでもあったのだろう。

▼文中に登場したアーティストの作品


ウォルター・ジャクソンのベスト盤『The Best Of Walter Jackson』(Sony)

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