70年代のドイツは音楽の実験室だった──音の錬金術師が生み出した異形のロック・サウンド=クラウト・ロックの世界をご紹介!!
90年代のテクノ/ハウス系ア-ティストから音響/ポスト・ロック派の連中までもがその影響を公言してはばからない、70年代のドイツが生んだ特殊ロック・バンドの一群〈クラウト・ロック〉。例えば、2004年度の最重要バンドの一つ!!!も“Dear Can”なるカンへのオマ-ジュ丸出しの曲を披露している。そのカンのリマスタ-盤やポポル・ヴ-、アシュ・ラ・テンペルの作品が一挙にリイシューされたいま、改めて〈クラウト・ロック〉の奥深い魅力を再検証してみたい。ロック辺境の地、ドイツの深い森から怪しいキノコのようにニョキニョキと発生した多くの奇形バンドたちは、もともと彼の地に根付いていた前衛音楽や神秘主義などの伝統に、ヒッピ-/ドラッグ・カルチャ-の影響が有形無形に溶け込み、それらが英米のシ-ンから隔離されていたがための独自解釈(あるいは勘違い)によって濃厚に発酵させた末に誕生した。ほとんどのバンドが〈精神の異化〉、もうちょっと今風(?)に言うと〈トランス感覚〉を内包していた点が共通項だろうか? しかし、実際のサウンドは恐ろしいほどヴァリエーションに富んでいるので、その個性に溢れすぎている音楽性は以下のディスクガイドをご覧あれ。
AMON DUUL
『Psychedelic Underground』 Metronome/アルカンジェロ(1969)
これはふと迷い込んだドイツの深い森で遭遇した、謎の先住民族の怪しすぎる饗宴か? うめきとも叫びとも呪文ともつかない多声ヴォ-カル、ドシャバシャと打ち鳴らされる太鼓群、歪みまくったギタ-などがプリミティヴに反復されつつ、さらに過剰かつ混沌とした編集/加工処理が施された狂騒的音塊は、めくるめく悪夢のごときパノラマ音奇談! 僕の友人は「あまりに怖くて最後まで聴きとおせなかった」と涙ながらに告白。真性サイケデリック!
GURU GURU
『UFO』 OHR(1970)
矢追純一もビックリのUFOジャケが最高にバカバカしいグル・グルの円盤、もといデビュ-・アルバム。トリオ編成の轟音バンドという体裁からかクリ-ムやジミヘンと比較されたりもするが、グル・グルのほうが約50倍ほど悪意と諧謔を多く含んでいる。ハードロック的な爽快感やカタルシスは全然なく、ひたすら重苦しくドロドロとした音塊が渦巻いていて、どうしようもなくサイケ。特にビートを排除したカオティックなノイズ地獄が現出するタイトル曲は圧巻!
FAUST
『Faust』 Polydor(1971)
怪盤奇盤だらけのクラウト・ロック界のなかでも極めつけの一枚。透明ジャケに拳のレントゲン写真という特殊装丁もインパクト大だが、幾多の演奏のカットアップに無数のコラ-ジュが脈絡なく噴出し、時間軸も空間軸も超越した人生最期の夢のようなサウンドはすこぶる強烈! 一見無秩序だが、裏筋に醒めた作為を感じさせるのがまた不気味。74年に活動を停止するが、90年代に突如復活。ジム・オル-クらとつるんで、濃厚すぎる毒気をいまでも振りまいている。
TANGERINE DREAM
『Alpha Centauri』 Castle/Sanctuary/アルカンジェロ(1971)
クラウス・シュルツェ、コンラッド・シュニッツラ-、エドガ-・フロ-ゼという凄いオリジナル・メンバーは、激フリ-・ロックなアルバムを一枚残して解体。残ったフロ-ゼによって新たに再編されたグル-プの実質的なデビュ-・アルバム。これがまたジャケやタイトルそのままの、宇宙の最果て暗黒星雲で繰り広げられる熱量ゼロの極北インプロ。闇雲に漂流する各楽器の不安定さが聴き手の想像力を冷たく刺激し、深遠なインナ-・トリップへと誘う。
CLUSTER
『Cluster II』 Brain(1972)
奇才コンラッド・シュニッツラ-が脱退し、残ったメビウス&レデリウスの無邪気なオッサン2人組がバンド名の頭文字を〈K〉から〈C〉に変えて再出発した2作目。とにかくモワ~ンとかヒュンヒュンとかニュワニュワとかいう単調な電子音の群れが、星屑のように飛び交うだけのひたすら無意味なサウンドが最高に気持ち良い! 明確なメロディ-はまるでないが、電子音の反復が自然に層状のリズムを形成しているからか、ヘンにポップ。頭で聴くより身体で聴くべし。
KLAUS SCHULZE
『Irrlicht』 Brain(1972)
タンジェリン・ドリ-ムやアシュ・ラ・テンペルの初期メンバ-であり、ロック界随一のシンセ狂であり、ついでに喜多郎の師匠でもあるクラウス・シュルツェのソロ・デビュ-・アルバム。荘厳なロマンティシズムを感じさせる後の作風とは異なり、月の裏側で蠢く妖しい鬼火のような燐光を放つシンセ・サウンドは、底なしの孤独と寂寥に満ちている。この仄暗い幻想世界の向こうに不思議な郷愁を感じて哀しくなるのは、僕だけだろうか?
NEU!
『Neu!』 Gronland(1972)
初期のクラフトワークに参加していたクラウス・ディンガーとミヒャエル・ローターが結成したノイ!(訳せば〈新!〉)の衝撃的なデビュー・アルバム。延々と頭打ちのビートを繰り返す〈ハンマー・ビート〉がポップに炸裂する“Hallo Gallo”の神通力は、後のニューウェイヴからテクノ/トランス、音響ロックにまで及ぶ。ノイズやカットアップを多用した他の曲もかなり実験的だが、妙にテキトーなぬるま湯感もあり、前衛と天然を往来する凶暴な幼児のごとき怪盤。
CAN
『Future Days』 Spoon/Mute(1973)
スゴ腕の音楽家たちが結成した、確信犯的ロック・バンドによる寸分の隙もない音響世界が構築された5作目。水の音に導かれた各楽器が緩やかにグル-ヴしていくなかを、唯一の元音楽素人、ダモ鈴木の囁くようにダモダモした歌声が浮遊する表題曲の快感! お得意のワンコ-ド・ブギに効果音が絡む“Moonshake”のカッコよさ! そこいらのポスト・ロック・バンドじゃ到底太刀打ちできない強靭な革新性をいまなお秘めた、タイトルどおりの大傑作!!
POPOL VUH
『Hosianna Mantra』 BELLE ANTIQUE(1973)
12人もメンバ-がいなくたって、人の心を鎮静する音楽が演奏できることを証明する珠玉の名品。ピアノ、ギタ-、オ-ボエといった生楽器のみの構成ながら、淡いエコ-処理によって静謐な奥行きを感じさせる室内楽的サウンドと、韓国人女性ヨン・ユンの比類なき美声が紡ぐのは、内なる神への讃歌。安易で世俗的なヒ-リングやアンビエント・ミュージックとは一線を画した、唯一無二の〈耽美〉宗教音楽。これほど美しい音世界を他に知らない。昇天必至!
KRAFTWERK
『Autobahn』 Kling Klang(1974)
テクノのイノヴェ-タ-として不動の地位を獲得したグル-プゆえについ忘れられがちだが、彼らもまたクラウト・ロックの混沌から登場した。芒洋とした電子音響を奏でていた初期から脱却し、〈シンセでシミュレ-トする高速道路ドライヴ〉という明快かつポップなテ-マを掲げ、独自の手法を確立させた出世作。それでも、どこか人を小馬鹿にしたようなワザとらしさや、すっとぼけた諧謔性が滲み出ているところに、ドイツ人の深い業を感じさせてつられ笑い。
HARMONIA
『De Luxe』 Brain(1975)
クラスタ-の2人+ノイ!のミヒャエル・ロ-タ-による、合体ユニットのセカンド・アルバムにして最終作。ゲストでグル・グルのドラム怪人マニ・ノイマイア-が、プロデュ-サーで名匠コニ-・プランクが参加するなど顔ぶれは華やかだが、ポップに弾けたサウンドも実に華やか! ノイ!のライト/ポップ・サイドを牽引していたロ-タ-のカラーが濃いぶん、ドイツ産としては異色の解放感と明るさに溢れた楽園的エレクトロニクス音楽の極み!
ASH RA TEMPEL
『New Age Of Earth』 Virgin(1976)
初期のアシッド漬け泥沼サイケも良いが、新世紀のいまに選ぶならばコレ。テクノの誕生を完全に予見した快楽性重視のミニマル・サウンドゆえ、後のクラブ世代からも絶大な信仰を受けるアルバム。フロアユ-スとしての再評価著しい“Sunrain”は、きらめく陽光のように降り注ぐシンセサイザ-と、リズミカルに放射されるギタ-の揺らめきが、聴く者を至福の桃源郷へと直行させる大名曲! その奇跡的な音の快感は、凡百のテクノの比じゃありません!