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第6回 ─ AI、Every Little Thing、上原多香子の3枚を分析!

連載
CDは 株券 ではない ― 菊地成孔の今月のCDレビュー&売上予想
公開
2004/02/26   15:00
更新
2004/02/27   13:54
テキスト
文/菊地 成孔

DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN、SPANK HAPPY、Tokyo Zawinul Bachなどの音楽活動(4月7日にはジャズ・リーダー・アルバム『Degustation a Jazz』発売)、また文筆家としても知られる菊地成孔が、毎月3枚のCDを聴いてレビュー。そしてそのCDの4週間での売上枚数を徹底予想します!

 当欄読者の皆様またしてもこんにちは。御機嫌よろしゅう。うららかな春の到来と共に、そろそろ皆様も、この国の株券がシングルCDに成ればいいのに。と思ってくださっている頃ではないかなあ? と、淡い期待を胸に秘めながら(全然馬鹿が治りません)花粉症対策と共に豚肉ばかり食べている、わたくし、菊地成孔の当コーナーですが、生姜焼きと角煮ばかりの日々、ラードの胸焼けをダイエット・コークで洗い流しながら早速前々回の答え合わせから行ってみましょう。ゲフー。そしてゲフー。

■melody. “CRYSTAL LOVE”
予想枚数 5万枚 → 売上枚数 10,148枚(発売4週目)

■HALCAL “ストロベリー・チップス”
予想枚数 20万枚 → 売上枚数 19,565枚(発売4週目)

■椎名林檎 “りんごのうた”
予想枚数 8万枚 → 売上枚数 94,429枚(発売4週目)  ※オリコン調べ

編集担当 Hくんより
「HALCALIは菊地さんの期待に応えられず、〈10分の1〉と予想して出した20万枚のさらに10分の1という結果でした(笑)。クリスマス・シングルだし、私ももっと売れるものだと思っていたのですが……。もし参考資料として必要であればオリコンのバックナンバーを郵送させていただきますので、その旨お伝えください。では、今回もよろしくお願いいたします」

 だー!なんということでしょう。嗚呼。やはり愛は盲目。なのでしょうか。当コーナー始まって以来最高の大ハズレを出してしまいました(笑)。林檎ちゃんは一応「まあまあ当たり」とさせて頂くも、今回も一勝二敗。負け越しです(苦笑)。こんな事ではこの国の株券が CDに成る日は来ないかも知れませんね。しかしめげずに頑張ります(笑)。

 さて前回は〈男の子特集〉でしたので、今回はまたしても〈女の子特集〉です。僕が男の子(の株価)に強いのか女の子(の株価)に強いのかは答え合わせを待つとしまして、さっそく予想に入りたいと思います。

■AI “AFTER THE RAIN”

  またしても不勉強ながら、僕は彼女のことを全く知りませんでした。そしてまたしても彼女は(前々回のmelody.ちゃん参照) LA生まれのイタリア系クォーター。ライト・エキゾチック方面ですね。見るからにダンスと英語が上手そうなディーバの登場です(因みに新人ではありません。5年目の堂々たるキャリアであります)。

 AIと言えば人工知能のこと。スピルバーグがキューブリックの意志を勝手に継いで製作し、中原昌也以外の評論家からは大不評に終わったあの映画の影響というハンデを(いい加減メーカーからクレームが来て連載が中止に成るなこれ・笑)彼女はそのルックスと歌唱力、そして日本R&BのヒットメイカーT-KURA氏のプロデュース力によって乗り越えられるでしょうか。

 僕はこう見えましても、頂いた楽曲に関しては構造分析として、コード進行とメロディは総て譜面に起こし、10回以上聴かせて頂いておりますが、これはもう完全無欠のR&B構造であり、邦楽臭さは全く感じさせません。ティンバランドという、今や新鮮さではなく、完全に R&Bの基礎言語となったアレンジ構造による「雨が去った後は、もう晴れるしかない!っていう前向きなメッセージをこめた」(本人談)ミディアム・チューンですが、この曲はメロディ的にもコード進行的にも、ノー・クライマックスの構造に成っています。要するに歌い上げることなく、かといて切々と訴えかけるわけでもなく、淡々と5分間(決して短いランニング・タイムではないわけです)が過ぎ去ってゆきます。

 これがアメリカのラジオでかかったら「ああ。雨上がりの心地よい虚脱感みたいな物を歌っているのだな」とイメージされることは間違いないでしょう。歌詞のみが辛うじて「本当に愛することが出来る、新しい恋人との出会いと希望」を描いていますが、そこには歓びよりも、安堵と安心を感じさせる物です。僕はこれを失敗……とまでは言わないまでも消化不良と見ます(豚肉ばかり喰っているからでは決して無く)。

 受ける印象は虚脱から静かな確信へ。といった物であり、どんなに僕が意地悪だといえ〈前向きなメッセージ〉は感じられませんでした。彼女の安堵が、もっと強烈な感情へと転化し、軽鬱とでも言える心理状態から(5年といえば、そりゃあいろいろな事もあったでしょうから)、攻撃性とでも言えるパワフルさを、4分の1とはいえ流れているラテンの血によって再獲得することを切に期待しながら1万5千枚

■Every Little Thing “ソラアイ”

  前回、僕が〈中低値安定〉などと大間違いを書いてしまった〈『あいのり』主題歌効果〉(何せ、前回登場したスピッツの“スター・ゲイザー”はオリコン1位をゲットしましたから。関係者各位の皆様に深くお詫び申し上げます)ですが、とうとうその座(『あいのり』のイコン)から降りたELTの26枚目の(26!この段階で少々目眩が・笑)シングルです。

 先ず、何はともあれ、プレスキットが分厚い(僕がこの連載とも関係なく、今まで手にしたことがあるありとあらゆるプレスキットの中で、最も多い15枚)。この分厚さは心理的に何を意味しているのでしょう。気合いか、余裕か、焦りか、単にこのチームはプレスキットが厚い習慣なのだろうか。

 表紙には「大型タイアップ進行中!!!」と、イクスクラメイションを三つも並べてアピールしています。そして「ソラアイ(空合)=空模様。この曲では、〈晴れるわけでもなく雨が降るわけでもない、曖昧な自分みたいだ〉という内容」という、タイトルの説明が書いてあります。奇しくも天候に関する曲が並ぶ結果と成りましたが、この二つの文章から読みとれる物は、僕には気合いと焦りの、或いは余裕と不安の混同。です。

 ELTが、良くも悪くもマイナー・イメージ・チェンジを計っていることは、無愛想チャームが売りだったヴォーカルの彼女がニコニコし出したり、テレビCMで相方の男の子の背中におんぶされて退行感を伴った可愛い寝顔でうっとりしてみたり。といった〈やりすぎ〉ぎりぎりのビジュアル戦略や、ここ数曲の「まるでELTじゃないみたい」な楽曲、それに伴うヴォーカル・スタイルの変貌(彼女は、積極的な〈媚態〉を導入したと僕は思っています。事の善悪は別として)などによって、馬鹿な上に豚肉喰い過ぎの僕でなくとも、どなたでも感じていることでしょう。

 最新曲である“ソラアイ”には、そうしたELTの〈揺らぎ〉がいっぱいに詰まった楽曲です。無表情気味だったヴォーカルスタイルはやや誘惑的に、詞の内容は〈ひたすらせつなく〉一辺倒から、少々巨視的で、目の前のせつなさ(即時的なラブ・アフェア)よりも長時間性(永遠性)をターゲットにした祈りにも似た側面を、フォーキーな作曲は少々の冒険の後に、若干の軌道修正によって〈もとの ELT〉ぽさを取り戻しつつ、やはり広がりのある物に。そして何より、説明文を添えないと意味が通じない“ソラアイ”という、暗号の様なタイトル。それがどうしても『あいのり』という言葉のアナグラムの様に感じてしまうのは、僕が豚喰いの馬鹿な上に、若干の意地悪であるからだけでしょうか?

 とはいえ天下のチャートゲッター、ELTであります。楽曲の完成度に隙は全くありません。彼等の99%のファンは、彼等の揺らぎを新鮮さと共に喜んで迎えこそすれ、なーんだ。変わっちゃったなあ。などと言ってポイしてしまうとは僕には到底思えません。彼等が転換期を軽々と乗り越え、素晴らしい新境地を見せてくれることを期待し、それ以上に〈『あいのり』主題歌効果〉などというものが一日も早く根絶されることを(僕は個人的にあの番組が、反吐が出るほど嫌いなので)期待しながら8万枚

■上原多香子 “ブルー・ライト・ヨコハマ”

  僕は個人的に、彼女の最高のシングルは、元LUNA SEAの河村隆一が作った“my first love”だと思っています。あの楽曲は、カプシン(辛味を感じさせる酵素。唐辛子に多量に入っている)に全く不感症で、どんな辛い物でも無表情にどんどん食べてしまう事が、主に『PA PA PA PA PUFFY』によって有名になった彼女の、旧態然としたアンニュイともまた違った、不思議な不感症感、不思議な神秘性と大衆性の混同、脱力感と躍動感(彼女の踊りのスキルにはもの凄い物があるのは言うまでもないでしょう)。という素晴らしい魅力を最大限に引き出した名曲だと思うのですが、さて『てるてる家族』(この楽曲は、この日本放送協会の朝の連続ドラマの挿入歌であります)で、彼女がいしだあゆみ(言うまでもなく、この曲のオリジナル歌手です)をモデルにした次女役を演じている。という事情はさておき、この楽曲は、昨今の〈昭和歌謡名曲カヴァー・ブーム〉の成功例として記録されるでしょうか?

 この問題は非常に難しい。先に成功例を挙げてしまいますと、B'z松本のプロデュースによる一連のあれは、完全な成功例だと僕は思います。企画内容と歌手を聴かされて「ええ? 絶対そんなのダメに決まってるよ。良い筈ねえ。おえー」と、思わせておいて(「思わせて」るわけじゃなく、僕がそう思ってるだけなんですが・笑)、実際聴いてみるともの凄く良い(どれも、みんな良いと思います。今のところ)。という、逆転の効果も含めて、原曲の良さも、邦楽ロック的な再解釈もきっちり訴求して見せる手腕には、〈チャートゲットのリア王〉たる B'zの強度に圧倒される思いです。本当に感心します。

 さて、いよいよ僕が愛する(写真集も愛用してますよガンガンに)多香子ちゃんの“ブルー・ライト・ヨコハマ”ですが、やはりこれが、100%の大成功例であるとは、僕には思えません。と書かざるを得ません。

 楽曲が名曲であること、ドラマの内容に適合していること、いしだあゆみという、ある種のヴァリネラヴィリティ(負性。痛み性)を持ちながらもフィギュア・スケートが上手かったりするキャラの持ち主と多香子ちゃんの前述のキャラの適合性など、企画に隙は全くありません。ジャケの写真も何と美しいこと。しかし、二点ほど気になることがあります。

 大した傷ではない一点は「アレンジが60年代レトロ的な再現であること」です。今では演歌のオーケストラ(現在、ヒットチャートに入るような音楽で、総て生演奏の一発録りで録音される音楽は演歌だけです)でしか聴くことが出来ない、ストリングス入りのラウンジ・オーケストラ仕様のバックトラックは、昭和30年代後半を舞台にした『てるてる家族』の挿入歌としては間違いのない選択でしょう。しかしながら、それはあまりにもオリジナルであるいしだあゆみの、腺病質的なねちっこい発声を(特に、僕のように原曲を死ぬほど聴いた世代には)即想起させてしまい、多香子ちゃんの、奇妙に艶っぽくも無機的。といったヴォーカルスタイルと、絶妙のミスマッチングをしている。とは聴こえませんでした。とはいえ、これは個人の記憶と嗜好によるもの。最初に書いたように大した傷とは思えません。むしろ新鮮で良い。と判断する人だって多いはずで、これはカヴァー。という行為の宿命でもあります。

 致命的な傷を上げます。それは、この曲の「街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ」という出だしに続く「ブルーライト・ヨコハマ」という、最も訴求力が強い2小節が、単線のメロディーではなく、ハーモニー(業界用語で〈自ハモ〉という、自分の声で重ねたハーモニー)に成っている点です。

 やはりどうしても、これは不味い。画竜点睛に欠く。とはこのことです。構造的に言えば Dマイナーの中での、Aセブンス上でのハーモニックマイナー。この切ない旋律効果を最大限に引き出した、天才筒見京平による作曲上のピークポイントは、どうしても単線で聴きたかった。これは僕の世代でも、この曲を初めて聴く若い世代でも変わらない筈です。名曲。という物が持つ構造上の強度というものは、そういうものでしょう。責任を「ここは自ハモ入れよう」と決定した誰か(誰かは知りませんが)一人に押しつけながら、とはいえ日本放送協会の朝の連ドラ挿入歌にして昭和歌謡の名曲です。2万枚

▼菊地成孔参加作品を紹介