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第3回 ─ melody.、HALCALI、椎名林檎の3枚を分析!

連載
CDは 株券 ではない ― 菊地成孔の今月のCDレビュー&売上予想
公開
2003/11/27   22:00
テキスト
文/菊地 成孔

DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN、SPANK HAPPY、Tokyo Zawinul Bachで活動、また文筆家としても知られる菊地成孔が、毎月3枚のCDを聴いてレビュー。そしてそのCDの2ヵ月間での売上枚数を徹底予想します!

 さて。今月もやって参りました。私、CD大好きの菊地成孔が、総ての企業の株券が3曲入りのシングルCDに成り、 MP3でやり取りされる日を夢見る(笑)音楽批評界の小豆相場(笑・バカじゃないだろうか。本当に我ながら)の時間ですが、今回は連載三回目にして、初の答え合わせ。この連載の、経済学上の評価が決まる(笑・バカだなあ本当に)記念すべき第一回の答え合わせを早速ご覧下さい。


YOSHII LOVINSON “TALI”
予想枚数 30万枚 → 売上枚数 93,853枚(発売5週目)

中島美嘉 “雪の華”
予想枚数 140万枚 → 売上枚数 129,080枚(発売5週目)

オレンジ・レンジ “ビバ★ロック”
予想枚数 7万枚 → 売上枚数 70,321枚(発売2週目)
  ※オリコン調べ

 うひょー! 一個しきゃあってねえっ!(笑)しかもハズレは正解の10倍っ!株価暴落!!(爆笑)現役の音楽家の癖に、如何にCDの売り上げ枚数に興味がないか露呈!(ははははは)連載担当のHくんから頂いたメールをご紹介しましょう。
 
 「菊地さん。どうやら菊地さんが御予想されるほどこの国では CDが売れてはいない模様です。このままですと連載好調どころか、21世紀最初の大恐慌を引き起こす可能性がありますので、今後、予想枚数を10分の1にしてから掲載する。という措置を執らせて頂きます  H」

 というわけで、とうとうケインズ経済学・修正資本主義の根幹である国家の市場介入という措置を執られながらも(お願いだから怒らないで最後まで読んで・笑)、ASEAN諸国の経済状況の如くしぶとく粘り強く第三回行ってみましょう!

melody. “CRYSTAL LOVE”

  この連載にあたり、僕は音源と共に、所謂「プロモ・キット」、「プレス・キット」と呼ばれる宣伝用の紙束を頂いているのですが、不勉強ながらよく知らないアーティストの方を俎上に乗せる時には、それを大分参考にさせて頂いております。アンチョコとして写すのではなく「どういうつもりでこう書いたのか?」という分析対象として。

 melody.(ドットまで含まれております。まさかドット込む。という洒落じゃないよね?ああ。ごめんなさい・笑)さんに関して、僕がまず驚嘆したのは「これが本名である」という事です(しつこいようだけど、ドットも含めて)「ハワイで生まれ育ち、ネイティブ・イングリッシュを自在に操る新世紀ディーヴァ」とあります。「その透明感&清涼感溢れるクリスタルのような天性の美声は〈プラチナム・ヴォイス〉と賞され、圧倒的な存在感で彗星の如くその姿を現した」と有ります。ここに所見できるのは、一押しの新人に対する興奮を伴った、しかしながら、やや混乱を感じさせるまでの単語の煩雑さです。

 ルックスもキュート(確かにちょっとハワイっぽい所が、BOAなんかと並ぶ、ライト・エキゾチック~ニュー・キュートの感じであります)、スタイルも抜群。歌声も素晴らしい。ポジティブな楽曲も最高。アコースティック・ギターのプロ・トゥールス編集によるキャッチーなカッティングを全面に押し出したアレンジも最高。10倍付けの僕ならずとも「50万!」と太鼓判を押したくなるのは(彼女が所属する)TOY'S FACTRYの宣伝の方の熱意の賜でしょうか。そして、彼女は作詞を担当しております。

 さて、皆さん「何故ディーヴァと称される人達は、多く作曲をしないで作詞をするのか?」という疑問を一度ならずお持ちになったことがお有りでしょう。浜崎あゆみを筆頭に、HITOMI、UA等々、枚挙に暇がありません。作詞は女の仕事。作曲は男の仕事? いえいえ、そんなジェンダリック論争の如き野暮は言うますまい。しかしながら「作曲だけし、作詞はしないディーヴァ」が現れたとき、それがこの国のディーバ史の転換期であることは間違いないでしょう。

 この国では、外来語としての〈クリスタル〉は「繊細な」、「透明な」、「壊れてしまいそうな」イメージを持たれています(あながち田中康夫のせいだけではなく)。そして“CRYSTAL LOVE”しかもウインター・ソングとくれば、何かしんみりと歌い上げる、心に染み入る曲。という風に第一イメージするはずです。ところがどっこいこの曲は、スーパー・ポジティブな、拳骨でも突き上げられそうな曲調なのです。「ネイティブ・イングリッシュを自在に操る」彼女は〈クリスタル〉の原意である「結晶化した」、「がっちり固まった、力強い」愛が欲しい。と歌詞に書いた。と、僕は読みます。この違和感が吉と出れば「圧倒的な存在感の彗星」というプロモ・キットにある違和感も払拭することは可能でしょう。この国の外来英語の旧弊を彼女が打ち破る事に期待して5万枚(10分の1にしてあります・笑)。

HALCAL “ストロベリー・チップス”

  HALCALI大好き! 超好き! リアル・ガッテム好き!! 一緒に遊びに行けたら死んでも良い!(笑)とうとう PUFFYに乗り切れないまま10年も苦汁をなめた僕の、再降臨したローライズな天使!(笑・あーもうバカ)……っと、ついつい私情が入ってしまいました(市場分析だけに。ああごめんなさいっ!笑)。冷静になりましょう(笑)。

 まるで、連載の通しテーマが有るかの如き配列であります(何度も書きましたとおり、3枚の選曲は、僕ではなく編集部によるものです)。ここにあるのは、日本のヒップホップ文化(それに先んじる〈輸入洋楽〉文化)が産んだ、米日言語の、ワイルドにしてインテリジェントな越境にして混濁 → 再構築という伝統の、最もキュートな結晶であります。何せ名前が「HALCALI(ハルカとユカリ。だからね)」であります。「ストロベリー・チップス」であります。11月26日発売だから「いいフロウ」と、プレス・キットにあります(笑)。

 O.T.Fの、ふざけてんだか周到なんだかわからない完璧なプロデュース・ワークに率いられ、DJ FUMIYAの曲はフィフティーズ感覚とヒップホップ感覚をパーフェクトにコンバイン(コンバイン。って脱穀機と稲刈り機を兼ねた農業機械の事ではありませんよ。コンビネーションする。ということです。これも通しテーマですね)僕がPUFFYで聴きたかったのに、とうとう聴けなかったサウンドがクラブ・カルチャーから生まれた喜びに、こうしてキーパンチしながら夜のドライヴに出かけてしまいそうです。最もグレートなのはRYO-Zのリリックでしょう。僕の文章なんかいいから、このリリックを全文転載して今回終わりたいぐらいです。「結果OKじゃなくてKO 真っ赤に燃える恋の炎 ボルケーノいつもよりハイなヒール 変わってもらったバイトのローテーションだって台無し」で、彼女達はハートのスナックをあとかたなくハートブレイク。バックアゲイン。なのであります。ヤッバいぐらい楽勝にセンチ!(メートル法の単位ではありませんよ。しつこいか・笑)で、20万枚(10分の1にしてあります・笑)。

椎名林檎 “りんごのうた”

  僕はこの人がギターを抱えてグランジーなサウンドで歌っている最初期から「戸川純と荒井由実(松任谷でなく)の無意識的なハイブリッドだなあ。良いなあ」と、好きな物が二つ盛り合わせになったお子さまランチを食べる子供の気持ちで大ファンになってから幾星霜、今や僕のバンド(DCPRG)のドラムである藤井さんが彼女のステージでバックをやったりするに至り(笑)、最新シングルでは「ここまで戸川純化が進んでしまって良いのか? 良いのか。そうか。戦前だもんね。うん。」といった超然たる堂々たる佇まいを見せています(荒井由実の部分はどこか? というと、顔。なんだけどね、どんどん似てきた)。

 今回の通しテーマを吹き飛ばすと言うか、お馴染みの旧仮名遣い縦書きのプロフィールはもとより、とうとう歌詞カードは総てひらがなになっています。アナクロニズムの対象が戦前なのか戦後なのかの詰めが曖昧。という大衆性も余裕綽々。マゾヒズムとサディズムの混濁、自意識過剰と無意識過剰の倒錯(何せ、自分の名前が解らない。けれどもあなたの言うとおりです。どうぞお食べになって下さい。わたしは真っ赤な林檎です。人間に成りたい。でも罪の果実ですよ。なんて内容ですからね)も、既にお家芸。しかもこの内容にしてNHK「みんなのうた」なのです。僕などが枚数予想するなど畏れ多く、林檎様どうか懲罰してください、そして林檎よ望み通り喰い殺してやろう。とアンヴィバレンツに8万枚(10分の1に。しつこいか・笑)。

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