絵を描くとき、物語を綴るとき。自分にエンジンをかけるために音楽を聴く。

激しい感情を、静かな言葉で綴った物語。奇妙だが品のある女の子の絵。細谷由依子の作品は、どこか他人事とは思えない。ずっと以前に自分が経験した出来事を、目の前に差し出されたような既視感を覚える。事実、「Wasteland(ウェイストランド)」誌(荒地出版)に連載していた絵と小説を組み合わせた作品は10代から20代の女性の熱い共感を呼んだという。「世界中どこにいても、自分が今いる場所─眠れて、食事ができて、絵が描けて─そこが一番好き」そう語る彼女の作品は、この部屋でこんな音楽を聴きながらつくられる。
──細谷さんは普段、あまり外に出ないとお聞きしたんですけれど、家でどんなことをして過しているのですか?
「自分の部屋で絵を描いているか、インターネットをやっているか。ま、仕事をしているか遊んでいるかのどっちかなんですけど。あとは本を読んでいるか」
──音楽は聴かれますか?
「ええ。でも、絵を描きながら聴くことが一番多くて、音楽だけを聴くということはあまりないですね」
──歌詞を聴き込んだりするのではなく、あくまでも創作時のBGMとして聴く、という感じですか?
「いえ、歌詞はすごく大事です。歌詞がよければ、日本のポップスでもなんでも聴きます。でも、絵を描く時と小説を書く時では、自分の中の音楽のモードが違うんです。絵の時は、言葉が具体的な方が気持が盛り上がるので、歌詞のあるものをよく聴きますが、小説の時は、クラッシックとか音楽だけの方がよくて」
──歌詞をつけるように、言葉を紡ぐということでしょうか?
「多分、想像が広がるっていうことだと思うんですよ。絵を描いている時は具体的な事を言ってもらうと、それがエンジンになって想像が広がる。でも、自分が言葉を使っている時に、言葉を言われてしまうと影響を受けてしまって邪魔になる。だから、音だけのものの方がいい。音を聴いて想像した中に自分が入っていって書き進める、という感じなんじゃないのかな」
──小説を書く時にはどんな曲を?
「シューベルトの『ピアノ三重奏曲第2番第2楽章』。すごくきれいで寂しいけれど、救いもある。これが一番好き。ほとんどこれだけを聴いています。ロンドンに留学していた頃、この曲の入ったCDがどうしても欲しくてお店に行ったんだけれど、曲名すらわからなくって店員の前で2回くらい歌ったのに結局わかってもらえなかった、という思い出の曲でもあります」
──(笑)絵を描く時にはどんな曲を聴くのですか?
「PJ ハーヴェイが多いですね。「4-TRACK DEMOS(邦題「裏リッド・オブ・ミー」)」に入っている曲は全部好きです」
──彼女の歌詞って、すごく激しい感情の発露ですよね。ぬきさしならない、というかギリギリの状況下にいる人の。そういう激しい感情に自分の気持をシンクロさせて、絵にぶつけているという感じですか?
「多分。普段はあんまり意識しないんですけど、そうだと思います。なんかね、絵は攻撃的な気持にならないとあまり描けないんですよ。小説は逆で、なんかイジイジしている気分の時じゃないと書けないの」
──曲が先にあってストーリーが生まれたり、絵が浮かんだりすることはありますか?
「それは、ないです」
──自分のイメージが先にある?
「イメージも別にないです。イメージはなくて、ただ自分が寂しかったりするだけなんだと思う。嫌な事があったりとか。寂しい時って、より寂しい曲を聴きたくなりませんか? 一旦、自分を寂しさの底に落すというか。どんどん寂しくさせるのね。そうすると、もうそこから這いあがるしかないから書きはじめるんだと思います。多分。わかんないけど(笑)」

アルヴォ ペルト 『タブラ ラサ』 TABRA RASA ECM

細谷由依子(Yuiko Hosoya)
1973年生。英国留学を経て、1996年よりファッション誌『zyappu(ジャップ)』編集部に三年間在籍し1999年よりフリーランスとなる。絵画制作、小説執筆に加えファッションやポップカルチャー関係の書籍翻訳を手掛ける。最新の絵画作品はGOOD NEWSレコードよりリリースされた「GOSPEL,THE GOOD NEWS!」「SPIRTUALS,ROOTS GOSPEL!」のCDジャケットで見ることができる。