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インタビュー掲載中!ayU tokiO、抜群のポップセンスが発揮されたミニ・アルバム『恋する団地』

タグ : J-インディーズ

掲載: 2014年08月13日 17:07

ayU toki

カセットテープ・フォーマットで自主リリースした『NEW TELEPORTATION』で異例の大注目。猪爪東風(イノツメアユ)のリーダープロジェクトayU toki O(アユ・トーキョー)の新作が満を持して到着。the chef cooks me のギタリストとして、そして惜しまれつつ解散したMAHO Ωというマジカル・ポップバンドのソングライターとして活動してきた彼のノスタルジックでポップな世界観を閉じ込めた珠玉の5曲。

これまでの英詞で歌ってきたスタイルから今作からは日本詞へ移行。ヴァイオリン、ヴィオラ、フルート、キーボード、ギター、ベース、ドラムスが織りなす見 事なまでのハーモニー……渋谷系、歌謡曲、ニューウェイヴのエッセンスが詰まった流麗かつ巧みな曲展開、そしてなにより甘酸っぱいメロディーが効いた抜群 のポップセンスは今作でもいかんなく発揮されています。

 

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■ayU tokiO インタビュー

ayU tokiO 
インタビュー/写真:吾郎メモ

これは新しいシティ・ポップか、現代型ソフト・ロック?という、いままでにありそうでないような新鮮な感覚で都市のポップを鳴らす、猪爪東風(いのつめあゆ)のユニット、ayU tokiO (アユ・トーキョー)が初CD作品「恋する団地」をリリース。筆者が見たライブではストリングスも加えた大所帯で鳴らすポップであったが、いわゆる職人タイプではない、ロック的なガッツがチラチラと顔を出したりする、ユニークなものだった。話してみると、東京のインディー・シーンの色々な関係性も見えてきて面白かったので、過去の活動も含めて、ざっくばらんに訊いてみた。

──ayU tokiOっていうのはもともとバンドなのですか?それともソロ・ユニット?

「もともとはソロですね。」

──ソロ・ユニットで、多重録音みたいな感じだったのかな?

「そうですね。宅レコで、遊び、みたいな。」

──何年頃から始めたんですか?

「始めたのは、、、初めはmyspaceだったんですよね。」

──myspaceに上げてた?

「そうです。the commitmentsというバンドをやっていて、それはパンク・バンドだったんですけど、それではギターとソングライティングだったんです。myspaceが流行ったんで、自分もやってみよう、と思って。パソコンを手に入れたんで。それでayU tokiOって名前でやりだしたんです。」

──それって何年くらい?

「2011年くらいですね。」

──2011年頃にI hate smokeのコンピに入ってますよね?(V.A. / Theres a place)それもそのパンクの流れがあったから?

「そうです、そうです。the commitmentsというバンドで、そのレーベルの2作前のコンピに入れてもらってるんですよ(V.A. / No Matter Where We Go) 。Wiennersってバンドとかと一緒に。」

──あ、その辺でWiennersと繋がりがあるんですか。(WiennersのMAXはayU tokiOのメンバーでもある)

「そうですね。」

──いままでのリリースってカセットじゃないですか、あえてカセットでやってきた理由っていうのは何かあるんですか?

「一番最初、高校生のときに使ったMTRがカセットのMTRだったんですよね。Tascamの最終形のやつ、424MK3ってやつだったんですけど、それが新品で手に入ったんで。新宿のロックインだったんですけど。で、それ使い出したと。そのときはもうハードディスクのMTRってあったんですけど、高価だし、買えなかったから、それをなんとなく使っていくうちにテープが面白い、っていうのがあって。あと、パンク・バンドをやっていたっていうのがあって、カセットが身近だったっていうのはありますね。カセットのコンピとかってめちゃくちゃあって、そういうのを自分も買ったりしてたし、ユニオンの中古とかで漁ってたりしてて、そういう自然な流れで。」

「Fruityってバンドがいて(Your Song Is GoodのJxJxなどがいたバンド)、JxJxがカセットのデッキでそのまま一発で録音するみたいなやつをStiffeenレーベルってカクバリさんのところから出てたディスコグラフィーみたいなのに(SONGS)入れてるのもあったし、そういうのでカセットが身近だったというのもあって、ずっと使い続けてたんですよね。パソコンが家に来るまで。それまではデジタルの機材は一切触ったことがなかったんで。」

──ちょっと思ってたのは、今の時代“カセットの方が音がいいよね”みたいな感覚でカセットをリリースしてたのかな、と。

「あ、それはぜんぜんないですね。そのとき現行で売られてたtypeIIのハイポジのテープってぜんぜん良くなかったんですよ。それで録音してもたかが知れてるっていう感じだったんですけど。音がいいっていうのは無かったし、すぐ伸びちゃうし、いい印象が正直なかったですね。巻き直しすれば伸びるし、何回も撮り直しできないし、でも、そういうところが逆に面白さだったんでずっと使い続けていて。」

──不便さの面白さみたいな。

「そうですね。そういう面白さをわざわざやるっていうのをけっこうやってて、ライブで“機材持ち込みありますか?”とか言われて、すっごい小さいアンプ持ち込んだりして。それにちゃんとマイク立ててくれるんですけど(笑)そういう感じのバンドだったんですよ。the commitmentsは。そういう、わりとガチャガチャしたガキ・パンクみたいなやり方が残っていて、カセットでリリースするっていうのも自分としては自然な流れだったかもしれないです。」

──カセットのリリースを聴いたんですけど、今の話を聞いてて腑に落ちたところがあって、新作のCDと比べて、ストレンジなギター・ポップというか、僕の印象だと、例えばKレーベル周辺の感じのギター・ポップみたいだな、と思ったんですけど、その辺とか影響受けたりしてますか?

「ああ、その当時はすごい好きでしたね。Kとか、ガチャガチャしたやつけっこう聴いてて。F.Y.P.とかも聴いてたし。そもそも、自分がCharles Bronsonっていうハードコアが好きで、それで7インチとかずっと聴いたりしてたし(Charles Bronsonの)“Youth Attack”ってTシャツもずっと着てるし。」

──じゃあ、ルーツ的な、ということではやはりパンク、ハードコアってことになるのかな?

「けっこうそうですねー、濃い時代があったと思います。タイトパンツ履いてみたりとかイギリス寄りに行ける限り、みたいな。」

──そんな中でMAHOΩのソングライターという立ち位置になるわけじゃないですか。その辺の経緯を教えてくれますか?

「えっとですね、the commitmentsっていうバンドをやってて、Wiennersとか、大澤くん(I Hate Smokeレーベル、THE SENSATIONS、SEVENTEEN AGAiN)がいて、、、最初SEVENTEEN AGAiNに見っけられたんですよ、the commitmentsは。SEVENTEEN AGAiNの大澤くんとヤブくん(ヤブソン)って人と、あとA PAGE OF PUNKってバンドのツトムさんの3人だけライブ観てたんですよ、the commitmentsの。っていう日があって(笑)、あとお客さんも出演者も誰もいないんですよ。っていうので仲良くなって、観に来てくれるようになって、コンピに入ることになって、その辺のバンドに知られるようになって仲良くなってきて。」

「その流れででぶコーネリアスに出会うんですよ。それで、でぶコーの千秋とバンドを組むことになるんですよ。自分よりもでぶコーの方が前に進んでたんですけど、千秋を口説いて、オレとやろうってAcc Jr.ってバンドをやってたんですよね。千秋はGORO GOLOってバンドのめっちゃフォロワーだったんで、そのGORO GOLOのユウくんっていうのが音楽前夜社なんですよね。それで音楽前夜社に呼ばれて、音楽前夜社本公演Vol.2っていうのにAcc Jr.で出るんですよ。そうしたらユウくんと仲良くなって、それで他の音楽前夜社本公演でMAHOΩを見かけて、3人組のシンセ・ポップ・ユニットみたいなのにユウくんがiPODでオケ出してたんですよ。“これバンドにした方がいいよ”って自分が言って、“じゃあ、アユくんやる?”って言われてドラムで入ったんですよ。」

「ちょっと(バンドでの活動を)やりだして、、、いや、やってもないんですけど、正月にみんなで、親睦会でご飯食べようみたいになって、行ったらじゅんじゅんがいたんすよ。“メンバーにじゅんじゅんがいる”みたいな感じになって、それで、じゅんじゅんが入ったんですよ。(MAHOΩは)最初3人で、それでオレとMAXが入って、と思って親睦会に行ったら、いきなりその状態で。メンバーが7人になってました。そこから半年くらい続けて、しばらくしたら自分も曲を書いてて、徐々に徐々に自分の曲を出すようになって、ソングライティングの方がわりとクックッと出てきたみたいな。」

──おもしろいんだけど、書ききれるかな?(笑)

「あー、けっこうグチャグチャしてるんすよね。この辺の関係。」

ayU toki

──これも色んな繋がりの一つと思うけど、昨年、Ken Stringfellow(The Posies)と一緒にやったじゃないですか。そのときはどういう感覚だった?彼はayU TokiOをリハからけっこう真剣に見てたよね。

「すごい嬉しかったです。そうだなー、あのときケンさんが譜面を見せてくれって言ったのがすごい嬉しくて、その印象がすごい強いですね。SHINOBUっていうインディ・ロック・バンドがあって(Asian ManなどからリリースのあるUSバンド)、そのドラム(Jon Fu)とthe commitmentsをやってたんですよ。アメリカ人なんですけど。英語で会話が出来なかったので外国の人には苦手意識がありました。でも、譜面見せてくれっていうので、(音楽そのもので)通じたというか、わりと会話は無かったんですけど、いい経験になったというか。音楽ならではの付き合い方というか。」

──カセットの2本目あたりからアレンジがけっこう凝ってきたっていう印象を受けたんですけど。で、ライブで観てもストリングスのアレンジとかしてたんで、その辺っていうのは、自然に変化してった感じなんですか?

「あれは、そうすね、the commitmentsっていうバンドのときから、渋谷系、ではないんですけど、そのルーツというか、そうだな、、、Roger Nicholsの影響がやっぱ強いですね。」

──うん、ソフト・ロック的な印象は受けたんですけど。

「ソフト・ロック、フォーク・ロックみたいななのが割と好きかもしれないですね。Euphoriaってグループも好きだし。2人の男女のユニットなんですけどね。そういうところからヒントを得たりするのはけっこうあって、って感じですかね。パンクのマターもありつつ、どポップみたいなのも自分の中には同じ時期からこう成長してたのかもしれないです。」

──今回、ミニ・アルバムを出すわけですけど、ミニ・アルバムっていうサイズ感っていうのは自分の中では想定していた感じなんですか?

「あ、そうですね。フルはこの次に、ってことでミニは名刺代わりに、って。」

──大きな変化として、日本語の歌詞に変わってるじゃないですか、その辺っていうのはどういう心境の変化なんですか?

「MAHOΩとthe chef cooks meっていうバンドをやるようになったんですけど、それで日本語の詞を書いて人が歌うっていう僕のじゃなくて、っていうところで自信を付けたって感じですかね。」

──これもイケるぞ、みたいな。

「もともと日本語の詞はすごい好きだったんで。松本隆さんのとか。女の子の曲ばっかなんですけどね。好きなのは。今日もずっと聖子ちゃんの曲聴きながら来たんですけど。」

──今回のアルバムのテーマというか、聴いた感じでは“都市”みたいな感覚があると思うんですけど、自分のアーティスト名にtokiOって入ってるように、東京っていうのは意識している感じなんですか?

「正直、あんまりしてなくて、なんとなく出ちゃったみたいな感じですかね。曲に関してはそんな感じで、特にテーマを設けて今回まとめたという感じではないんですけど。」

──もともとは東京の人なんですか?

「はい、もともと東京ですね。」

──そういう感じはするなー、なんとなくだけど、東京っぽい感覚の音楽だなぁ、と。でも、シティ・ポップっぽい要素もあったりするだけど、それほどアーバンでもないし、どういう都市観があるのかなぁ、って。

「都市観(都市感)っていうのは自分の中ではあまり意識してなくて、ホントに団地でずーっと育ってるんで、わりとそれが地になっちゃってるっていう感じ。」

──じゃあ、都市というより郊外?ベッドタウン的な。

「そうですね、渋谷とか新宿に生まれ育ったわけでもなく、別にそこに青春は無かったし。兄と姉がいるんですけど、7つ5つって歳が離れてるんですよ。だからそっちの影響もかなり強いかもしれないですね。もし自分が一人っ子だったり、下にいるとかだったらまたぜんぜん性格が変わってると思うんですけど。世代的な話で言えば。昭和の部分みたいなのがけっこう濃いかもしれないですね。」