MAC TALK ABOUT RADIO MYAHK――久保田麻琴、〈ミャーク〉シリーズの最新版を語る
久保田麻琴が率いる日本人2人とマレーシア2人から成るプロジェクト、blue asia。これまでにアラブ、アジア、アフリカなどをテーマにした〈耳で旅する〉アルバムを数多く制作してきているが、2009年に届けられた『SKETCHS OF MYAHK』はかなり異質な一枚だった。そこで彼がテーマにしたのは、宮古島に眠る神歌や古謡。振り返れば、彼と沖縄音楽の関係には古くて深い繋がりがある。沖縄のローカルなヒット曲であった喜納昌吉の“ハイサイおじさん”を本土に紹介したのは他でもない彼だが、その頃にはまだ久保田と宮古の伝統音楽との縁は結ばれておらず、2007年にかの地へ足を運んだときに衝撃的な出会いを果たすことになる。そして、そのときに得た驚きと興奮を詰め込んだのが『SKETCHS OF MYAHK』。10歳の少年から8、90歳のおじぃおばぁたちまで、宮古在住の唄者をフィールド録音した音源などにバック・トラックを加えて作った楽曲は、ブルージーかつグルーヴィー。それまでのクールでラウンジーなblue asia的サウンドとは趣を異にしていたのだ。さらに、フィールド録音、70年代のレア音源などを復刻した〈南嶋シリーズ〉4枚も同タイミングでリリースされ、野趣に溢れた知られざる沖縄音楽は多くのリスナーを驚かせた。また、のちにアルバムの参加者らが大勢出演するコンサートを東京・草月ホールで開催。こちらも大変な話題となるが、その模様をクライマックスに据えているのが、2012年に公開となったドキュメンタリー映画「スケッチ・オブ・ミャーク」で、9月からの30か所以上におよぶロードショーはまだ続いており、国内ドキュメンタリー映画としては異例となる2万人以上の動員を記録した話題の作品だ。その後も彼は宮古へ頻繁に足を運んで島の音楽との繋がりを保ち続けており、昨年は宮古のインスト・ジャム・バンド、BLACK WAXのデビュー・アルバム『ナークニー』、そして6月リリース予定のセカンド・アルバム(話題のテルアヴィヴ・ミックス)のプロデュースも手掛けている。といったように、宮古の音楽が多くのリスナーにとって徐々に近い存在となりつつある現在、『SKETCHS OF MYAHK』の続編となる『RADIO MYAHK』が発表となった。そこには収められている音とは……。
日本の古層を見てみろ!
「こんな豊穣な〈フォークロア〉が日本に存在したのか!ってビックリしたんだよね。そこに行けば、自分らの前に何があって、どのように変わってきたのかを読むきっかけを与えてくれる。始源の世界へ戻れるんだよ。この昂ぶる気持ちを皆さんと分かち合いたい、でも単に両耳へ音を届けるだけじゃ伝わりきらないだろう。だったら映画だと思ったわけ」。
これは久保田麻琴が監修を務めた、宮古島に残る神歌と古謡を巡るドキュメンタリー映画「スケッチ・オブ・ミャーク」を制作するきっかけについての発言。すでにアルバム『SKETCHS OF MYAHK』にて、かの地の音楽が持つ神秘的な魅力は体感できていたものの、映画の登場のおかげでより確かな像を結ぶことができるようになったと思う。いまやわれわれにとって身近な存在となりつつある宮古の神歌と古謡。そんな状況下、〈ミャーク〉シリーズの最新版となるアルバム『RADIO MYAHK』が届いた。
「映画でも話しているけど、ひょんなことから熊野を歩くことがあって、いきなり胸倉を掴まれるような体験をしてさ。〈日本の古層を見てみろ!〉というような声を聞き、ピンボール・マシーンの玉のように飛ばされて、気が付いたら池間島に辿り着いていた。そしておばぁたちに出会い、彼女たちが草月ホールの舞台に立つサポートをすることとなり、その様子が1500人の観衆、映画では2万人の観客の目に触れることになった。これまでに久高島の映画などいくつかあったはずけど、ほとんどが学究的に作られたアーカイヴ的な記録映画。制作した学者さんたちはこの文化がどれぐらい自分らの魂にとって切実なものか、おそらくわかってなかったんじゃないだろうか。私は音楽家だから、そこにあったのが神歌、つまり〈ウタ〉だと知ったときは、〈何それ! 知らなかったよ!〉って反応をせずにはいられなかった。ブラジル、ジャマイカ、ニューオーリンズ、エチオピアのことはよく知っている。なのに、なぜもっと近い宮古のことをこれまで何も知らなかったんだろう、と。で、そのとき受けた衝撃たるや……」。
その衝撃が彼のなかでまだまだ尾を引いていることを、『RADIO MYAHK』は雄弁に物語っている。端的に言ってしまうと、前作と比べてよりアーシーで、よりディープな曲が揃っている。blue asia的なポップなテイストも加味されているが、エキゾ的な感触は皆無。何やら時代の転換点を生きるわれわれにとって有効なメッセージが多く含まれており、これらの歌を切実な思いで聴くリスナーも少なくないだろう。
「エキゾじゃないね。そんな余裕のある表現ではないよ。ディープな印象を与えた理由を考えると、まぁ、人間、5年の間に関係も深まり、心も変わるしね、そんな影響が働いた結果だと思う。1曲目の“愛しゃがま”とか、かなりハードコアな曲でしょ? 最初はハードルが高すぎてちょっと避けてた。で、幾晩も徹夜して、セミ瞑想状態のときに出てきたのがこのリズム・トラックだったわけ。きっと呼ばれたんだよ。blue asiaは基本、全部そう。デザインして作ったものじゃないんだって」。
何て呼べばいいのかね? この音楽は
映画「スケッチ・オブ・ミャーク」より
「宮古の音楽と向き合うとき、そこにエゴはまったく存在しない。やらされている、といった表現に近い感覚かな。これは西洋のアート思考とはまったく異質なもの。一種の魔法にかかった状態だね。音楽をやるときは、自分をオープンにして、スピリットを受け入れなきゃいけない。クラプトンでもそうしてると思う。俺が俺が、じゃない。そのあたり失敗すると、いきなりあの世に行っちゃうんだよ。天才たちが早死にするのは、自分とスピリットの関係を見誤ってしまって、どれほどシリアスなものを預かっているのかを理解できずに足を踏み外しちゃうからなんだろうね。『SKETCHS OF MYAHK』はリミックス作品とも言えるが、歌と伴奏のタイミングがひっくり返っただけで、普通の歌モノを作るのとまったく違わない。いや、もっと心とグルーヴを使ってると思う。確かに素材を使い、ループやブレイクビーツを自分らしい手法で使うけど、世の中で言うリミックスと似てますか? 〈ミャーク〉になってから、blue asiaはもはやニュー・エイジという括りでも語れなくなっているし。何て呼べばいいのかね? この音楽は」
そうだな、リミックスよりも時間を超えたコラボと言ったほうが相応しいかもしれません。それはそれとして、“愛しゃがま”は前作の“池間口説”に匹敵するヒップなナンバー。ニューオーリンズR&B調のファットなリズム(ドラムスはSAKEROCKの伊藤大地!)と野太いサックスの音色(BLACK WAXの池村真理野!)が絡み合うなか、奥原フミの甲高い歌声がクルクルと舞う。めっぽうファンキーなこの曲や、呪術性を帯びたトランシーな“ヒデさんのクイチャー”など、確かにいろんなものを呼び寄せるんだろうと思えるような歌揃い。なんてロックンロールな曲なんだ!と思わず快哉を叫ぶこともしばしば。
「この音楽は〈ド真ん中〉だよ。それが〈ミャーク〉ってことなんだ。揺れながら転がりつつ、中心に向かって進んでいく。ミャークというコスモロジーとロックンロールはひとつのことなんだ。ジャマイカ人が言うところの〈ワンネス〉だよ。わかるかい?」。
自由で開放的な〈ミャーク〉な音楽を乗せた電波は、この先いっそう遠くまで飛んでいくことだろう。それだけはよくわかっている。
▼関連盤を紹介。
左から、blue asiaの2009年作『SKETCHS OF MYAHK』(HIGH CONTRAST/ABY)、2009年に編まれた〈南嶋シリーズ〉のコンピ『PATILOMA/波照間古謡集1』『MYAHK/宮古多良間古謡集』『IKEMA/池間島古謡集』『NISUMURA/宮古西原古謡集』(すべてABY)
▼『RADIO MYAHK』に参加したアーティストの作品を紹介。
左から、ブーム・パムの2008年作『Puerto Rican Nights』、O.M.F.O.の2009年作『Omnipresence』(すべてEssay)、SAKEROCKの2010年作『MUDA』(カクバリズム)、BLACK WAXの2012年作『Naak-Nee』(Myahk/Aby)