こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

ROGER NICHOLS

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2012年11月28日 20:00

更新: 2012年11月28日 20:00

ソース: bounce 350号(2012年11月25日発行)

文/村尾泰郎



RogerNichols_A



ロジャー・ニコルス──〈美しいメロディーを書きたい時、彼の名前を頭のなかでおまじないのように呟く〉と言ったのは小西康陽。〈ロジャニコ〉なんてふうに縮めるのがもったいないくらい、その名前には魔法が詰まっている。とはいえ、彼の存在が広く知られるようになったのは、ロジャーがバリバリ働いていた60年代ではなく、90年代に入ってから。きっかけはロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのファースト・アルバム『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』(68年)が、87年に日本で世界初CD化されたことだった。時は渋谷系ブーム勃発前夜、同作をフリッパーズ・ギターや小西康陽らが推薦したことも話題になったが、やはり音楽ファンを驚かせたのはそのサウンドだ。20年前に制作されたとは思えないポップセンス。まるでタイムマシーンで直送されたような〈新作〉に、多くのリスナーが魅了された。それは〈ロジャニコ元年〉と言える記念すべき事件となったのだ。でも、もともとが知る人ぞ知るカルトな音楽家だったわけではない。彼の書いた楽曲の数々は、ビートルズやバート・バカラックの名曲に負けないくらい誰もが耳にしたことのあるだろうものだから。



アーティストとしての挫折、職業作家としての成功

1940年9月17日に誕生したロジャー・ニコルスは、モンタナ州ミズーリ生まれのサンタモニカ育ち。ピアニストの母親と、地元のジャズ・グループでサックスを吹いていたカメラマンの父親のもと、子供の頃からヴァイオリンを学ぶなど音楽に親しんだ。同時に長身で運動神経にも恵まれ、10代の頃はバスケットボールに夢中になり、奨学金を得てUCLAへ入学するほどの実力だったという。ところが、バスケのコーチからバスケか音楽かどちらかを選ぶように迫られ、悩んだ挙げ句に音楽を選択。音楽学科に転入すると本格的に作曲の勉強を始め、ヴァイオリンをギターに持ち替えてミュージシャンの道をめざすのである。そして、パレードというグループにいた高校時代からの友人、マレイ・マクレオドとその妹のメリンダと共にロジャー・ニコルス・トリオを結成。大学卒業後は銀行員として働きながらバンド活動を続け、65年にリバティと契約を結ぶ。そこで知り合ったのがプロデューサーのトミー・リピューマだ。ロジャーの才能を見抜いたリピューマは、ロジャーを誘ってA&Mに移籍。その際にロジャー・ニコルス・トリオ改めロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ(以下SCOF)のファースト・アルバムが制作されることとなったのだ。

その『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』には、ロジャー・ニコルスの魅力──夢見るように美しいメロディーと瑞々しいハーモニー──が詰まっている。そこに、後にマイケル・フランクスなどの作品を通じてAORブームを担うリピューマ&ニック・デカロのコンビをはじめ、ボブ・トンプソン、モート・ガーソンなど有能なアレンジャーたちによるプロダクションが、テクニカラーな色彩をプラス。同作がリリースされた68年の西海岸のポップ・シーンと言えば、有能なセッション・ミュージシャンが集って映画音楽のようなドラマティックなアレンジを施した、バーバンク・サウンドが隆盛を極めていた頃である。SCOFのアルバムもバーバンク的な意匠が施されているが、曲の核にあるのは狂おしいほどに甘美なメロディーと躍動感(グルーヴ)であり、甘酸っぱさと洗練の奇跡的な融合だ。そしてそれは〈セカンド・サマー・オブ・ラヴ〉を通過して、ポスト・ロックという成熟を迎えた90年代のシーンにはジャストな響きだった。

ところがこんな名盤も当時はまったく話題にならず、ロジャーはソングライターとしてレーベル・アーティストに曲を提供するようになる。そんな時に出会ったのが、元子役でミュージシャンに転身したポール・ウィリアムズだった。誕生日が2日しか違わないこともあって2人はすぐに意気投合。ソングライター・コンビを組んで最初に完成した“It's Hard To Say Goodbye”は、クローディヌ・ロンジェが可憐なウィスパー・ヴォイスで歌うことになった。そして間もなく、2人にとって運命の曲が生まれる。銀行のCMソングとして作った“We've Only Just Begun”だ。TVでこの曲を耳にして気に入ったリチャード・カーペンターがカーペンターズで披露し、70年に全米2位のヒットを記録。以降、ロジャーとポールの2人は“Rainy Days And Mondays”“I Won't Last A Day Without You”など、カーペンターズの代表曲を次々に手掛けて人気作家の仲間入りを果たすのである。

その一方、ポールはロジャーのプロデュースで70年にソロ・アルバム『Someday Man』をリリース。シンガー兼俳優としての活動をスタートさせるが、表舞台の仕事が増えるにつれてプレッシャーからドラッグに手を出すようになり、2人の関係は次第に悪化していく。結局、72年頃にコンビを解消。ロジャーは失意のあまりミネソタに引っ越し、音楽業界から退いてしまうのだった。数年後にふたたび曲作りを始めるも、もうポップ・ミュージックの世界には関わらず、主にTVドラマのサントラやCMソングを制作。このナイーヴさが、彼の性格や作風を物語っていると言えるかもしれない。そして時は流れ、次第に人々から名前が忘れられていった頃、遠いアジアの小さな島国でロジャーはふたたび発見されたのだ。



RogerNichols_A2



そしてまた、ゆっくりと運命が動き出す

『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』は87年以降、93年にもリイシューされてさらに幅広い人気を獲得。その勢いに乗って、何と日本企画でロジャーの新作『Be Gentle With My Heart』(95年)が発表されることになる。ロジャー・ニコルス・アンド・ア・サークル・オブ・フレンズ名義でリリースされたそのアルバムは、“We've Only Just Begun”をはじめとする代表曲のセルフ・カヴァーや当初ミュージカルのために書かれた蔵出し曲などで構成されていて、しっとりと落ち着いたアダルト・オリエンテッドな雰囲気に。ミュージカル界で活躍していたシーラ&ラッセルのオコナー姉妹による艶やかな歌声も、同作のAOR的な味わいを深めることに一役買っている。SCOFの初作から27年という時の流れを成熟したサウンドで実感させる一枚であり、伝説のアルバムのエピローグに相応しい仕上がりだ、と当時は思っていた。そこにポール・ウィリアムズがゲストで1曲歌っているのも感動的なサプライズだ、と。ところが、これは新しい物語のプロローグだったのだ。

2005年、『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』がUKでリイシューされるにあたって、ロジャーは音信不通になっていたマクレオド兄妹の連絡先を知り、25年ぶりに再会を果たす。そして、再会の記念にスタジオに入った3人は、あっという間に打ち解けて音楽の勘やテクニックを取り戻した(メリンダは20年以上も音楽活動から離れていたというのに)。その運命的な絆に触発され、ふたたび3人でレコーディングすることを決意。その音源をもとに、SCOFの約40年ぶりとなるアルバム『Full Circle』が2007年にリリースされた。ここで聴くことができるのは、まぎれもなく初作の続編だ。繊細にアレンジされたアコースティックなサウンドに、驚くほど変わらないエヴァーグリーンなハーモニーが木漏れ日のように映えている。その一方、前作のめくるめく躍動感に替わって、どこまでも澄んだ空気が作品を満たしているのも印象的。それはどこか聖歌のような雰囲気さえあり、このピュアで優美なロマンティシズムこそが、〈作曲家=ロジャー・ニコルス〉のエッセンスと言えるかもしれない。また、アルバムの最後にポールとの書き下ろし曲“Look Around”が収録されていることも、SCOFの再始動へのはなむけとも言える嬉しいトピックのひとつだった。

同作が完成した段階で、すでに次作の構想がロジャーの頭のなかにはあったそうだが、それが5年の月日を経て実現したいま、彼が作曲家としての新しいピークを迎えているのは間違いない。アーティストに、リスナーに、そしてポップ・ミュージックに夢見る力を与える素敵なおまじない、それが〈ロジャー・ニコルス〉なのだ。


インタビュー