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「神秘和音」はフクシマの夢を見る―― 権代敦彦の「クロノス」

掲載: 2012年04月24日 14:47

ソース: intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)

text:片山杜秀



「神秘和音」はフクシマの夢を見る――権代敦彦の「クロノス」

なんとラ・フォル・ジュルネが日本の作曲家、権代敦彦に新作を委嘱した。今年のナントの音楽祭で世界初演され、5月3日には東京で日本初演される。題名は『クロノス』。時間の意。ピアノと打楽器とバス・クラリネットとホルンとチェロの五重奏。ロシアという今年の御題に相応しく、帝政ロシア末期の大作曲家、スクリャービン(1872〜1915)の「神秘和音」を素材に使い込む。

スクリャービンはラフマニノフのライヴァルだった。ロマンティックな音楽を書いた。でもやがてそれに満足しなくなった。神秘主義に転じた。人間の現世的感情などどうでもよくなった。彼は人間の魂の永遠を信じた。神秘的大霊界の存在も信じた。現世と霊界は真に神秘的な響きを鳴らせればうまくつながれるとも思った。つながれる響きとして「神秘和音」を発明した。下からドとファ#とシ♭とミとラとレを積む。6つの音が2オクターヴ以上にわたって重なる和音ができる。中には無調的な響きを喚起する増4度が多く含まれている。この「神秘和音」を活用し、スクリャービンは幾つかのピアノソナタや交響曲第4番《法悦の詩》などを作った。法悦とはつまりエクスタシーだ。官能のわななきだ。そのとき人間は一瞬でも時を忘れる。人間の魂がもしも霊的世界に参入を果たせば、現世では片時しか味わえない法悦が永遠化する。永遠に時間を忘れる。無時間になる。「神秘和音」はその感覚を喚起できる。スクリャービンはそう思った。すると「神秘和音」は長調や短調に基づくそれまでの和音とどこが違うか。端的に言えば起立・礼・着席に付く伴奏のような解決感や終止感が出にくい。ここで終わるという感じにならない。時間に区切りをつけにくい。果てしなく続く感じがする。永遠を感じさせる。もちろんその永遠はスクリャービンにとって人間を肉体から解放し真の霊的存在と化す喜びの永遠だ。

権代もスクリャービンに負けず劣らず神秘主義的志向を有する。すると「神秘和音」に基づく新作『クロノス』もまた天国的法悦をうたうのか。さにあらず。こんな時代に生きる権代はスクリャービンほど御目出度くはなれない。永遠の歓喜を求めたつもりが永遠の苦悩に落ちる。安心立命しようとしてもなかなかうまく行かない。それでも必死に聖なる世界を求めてやまない。権代はそういう音楽を書かせたら一流である。『クロノス』はというと「神秘和音」を素直に鳴らさない。歪ませて気持ちよくしない。せっかく「神秘和音」を用いているのに音楽は苦しげである。なぜか。2012年の今を生きる権代にとって、ロシア(旧ソ連)と日本をつなぐものと言ったらチェルノブイリと福島だからだ。その苦しみの経験は長く拭いされない。しかし原発事故に苦悩すればするほど我々は救いを求め聖なる世界に憧れるのだ。「神秘和音」で気持ちよく法悦したいよお! でも今更そうもゆかないよお! なんとかしておくれよお! この悶絶の中にしか明日はない。「クロノス」はチェルノブイリと福島のあの時を永遠に刻み続ける。

権代敦彦 (ごんだい・あつひこ)

1965年東京に生まれる。桐朋学園大学を経て、フライブルク音楽大学現代音楽研究所、IRCAM、イタリアにて研鑽を積む。名古屋市文化振興賞、芥川作曲賞、出光音楽賞、中島健蔵音楽賞を受賞。2010年サイトウ・キネン、カーネギーホール共同委嘱『デカセクシス』初演。

公演スケジュール

5/3(木・祝)21:45〜22:30 公演番号 157 ホールD7 ―祈り―
[曲目]
〈1〉権代敦彦:カイロス―その時
〈2〉ペルト:カノン・ポカヤネン(オードIV、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り)
〈3〉権代敦彦:クロノス―時の裂け目―(LFJナント・東京共同委嘱、日本初演)
[出演] 児玉桃 (ピアノ)、ヴォックス・クラマンティス (合唱)、 ヤーン=エイク・トゥルヴェ (指揮)ほか

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