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カテゴリ : スペシャル

掲載: 2012年02月29日 18:00

更新: 2012年02月29日 18:00

ソース: bounce 341号(2011年2月25日発行号)

インタヴュー・文/渡辺志保



自分じゃない人に聴いてもらうための音楽

 

膨大な一般リリースに加え、それ以上のヴォリュームでいくつものフリー・ダウンロード音源やミックステープがオンライン上に混在するヒップホップの世界。海外ではそこから成り上がったドレイクやウィズ・カリファのような面々が数多く存在するが、ここ日本でもUSとは少し状況は違うものの、ネット上を新曲発表のひとつの場と捉え、オフィシャル作品と同等の価値を以てリスナーの期待を煽る人たちが増加しつつある。そしていま、また新たなラッパーがオフィシャル・アルバムでデビューを飾ることとなった。その名はSALU。

今回、彼を全面的にサポートしているのがSEEDAやNORIKIYOからEXILE、西野カナまで幅広いアーティストの楽曲を手掛けるプロデューサー、BACHLOGICだ。サウンド面のバックアップのみならず、彼は今回自身のレーベル=ONE YEAR WAR MUSICを立ち上げ、その第1弾にSALUを選ぶという全方位的なプッシュを見せている。公の場にはほとんど姿を現さなかったこの男までもがインタヴューに同席し、「神輿を担いであげなあかん」と意思表明するほどの恐るべき新人、SALU。そんな彼のファースト・アルバム『In My Shoes』がいよいよ到着する。ざわめくシーンを俯瞰的に見ながら、飄々と涼しげにライムを綴る、そんな彼に自身のライフストーリーを語ってもらった。


特に反響もなかった

——札幌生まれだそうですが、ヒップホップを最初に意識したのはいつ頃ですか?

SALU「これがヒップホップか、と意識して聴いたのは、KICK THE CAN CREWさんやRHYMESTERさんの曲をラジオで聴いた中学2年生の時ですね。NORTH WAVE(北海道のラジオ局)をよく聴いていました。もっと遡ると、幼稚園の頃から父親がドクター・ドレーなどを聴いてたので、その頃からヒップホップ自体は無意識のうちに聴いていました」

——初めてラジオでKICKを聴いた時、小さい頃から聴いていたドレーと同じタイプの音楽だ、というふうにリンクしましたか?

S「いえ、しませんでした、最初は。その頃はジャンルというものを考えてませんでしたし、音楽は音楽として聴いていたので」

——リリックもその直後に書きはじめたんですか?

S「それぐらいからですね。ラップのリリックって詞のかたちとして取っ付きやすかったし、純粋におもしろいと思ったんです。韻を踏んだりとか、そういったことがとてもおもしろく感じて。中学では周りに同じようにラップに興味を持つ奴もいて、学校でも休み時間や授業中にこっそりリリックを書いてました」

——リリックは最初からうまく書けてました?

S「いえ、もう全然。わけわかんないこと書いてました(笑)」

——――そのあとにFAKE IDという地元のクルーを結成したと。

S「そうですね。高校生の頃です。メンバーは学校もバラバラで、僕と同じ学校の奴は一人もいなくて。札幌のいろんな高校から1~2人ずつ参加してるという感じでした。その頃はもうNORTH COAST BAD BOYZさんが札幌で大活躍してましたし、NCBBのライヴに行っては全国から札幌に来るアーティストのライヴを最前列で観ていました。THA BLUE HERBさんだったり、他にもお手本になる先輩は地元にたくさんいましたね」

——――それから神奈川に引っ越したわけですよね。

S「16歳の時です。神奈川に出てもラップは続けるつもりでした」

——札幌との違いは感じましたか?

S「ありますね。札幌は、都市は大きいんですけどコミュニティーとしては狭いっていうか。逆に、関東はいろんな街があっていろんなコミュニティーがあって、無数にリンクし合って成り立っていて。より自由だと感じはじめたのはこっちに来てからです」

——地元のクルーとはいまも交流がある?

S「札幌の仲間とはつい先日も会ってきました。いまも応援してくれてますね」

——自分がスキルと経験を積んでいくなかで、MCとしての責任を感じることはありましたか? 例えばネット上に曲を発表して、リスナーの反応が返ってきた時とか。

S「いや、数年前まで特に反響もなかったし、人からの反応を感じることはありませんでした。SEEDAさんがSCARSの『THE EP』に呼んでくれて、そこで初めて人からの反応を得たという感じでした。不思議な感じでしたね」

——BACHLOGICさんとの出会いは?

S「そのSCARSのEPを録ったときですね」

BACHLOGIC「そのときにデモCDを手渡されたのが最初です」

——SALUという名前はその前から知ってましたか?

BL「それまでは知らなかったです」

S「僕はDOBERMAN INCの頃から聴いていましたが、SEEDAさんの『花と雨』を聴いてBACHLOGICさんの存在をより意識するようになりました。トラックがそれ以前に聴いていたものとは違いすぎて。まさか自分に興味を持ってもらえるとは思っていなかったですね」

BL「その時はOHLD君がSALUのアルバムを作るって言ってたので、ああ、がんばってほしいなと思ったんですね。最初にデモを聴いたときもインパクトがなくて、でも何か気になってもう一回聴き直したら、オリジナルで歌詞もヤバイやん!と気付いて。そのあと速攻ライヴを観に行って、OHLD君に〈俺もアルバムに入らせてくれ!〉とお願いしました」

S「でも、本当にBLさんがやってくれるのか最初は勘ぐってて、急かすつもりはなかったんですけど〈例のトラック、どうなりましたか?〉って電話したんですよね。それが2010年の秋くらいですかね」

BL「その頃には、今回アルバムに入った曲の俺のトラックはほぼ渡してました」

S「それで〈ヤバい、本気でがんばんなきゃ〉と気合を入れ直した感じです」

——結果的にONE YEAR WAR MUSICの第1弾アーティストになるわけですよね。

BL「レーベルを立ち上げるからSALUを第1弾にしよう、という順序で動き出したわけじゃないんですよ。最初は自主でもええかなと思ってたんです。でも、作っていくうちに〈これはもったいない〉と思って。俺の曲に関しては1年ぐらい前にプロトタイプは出来上がってて、それからOHLDくんが曲を進めてた間、自分はずっとどんな出し方がいいか、どうやって売ろうか、作戦を練ってましたね」


僕の視点から見た世界

そうやって完成した『In My Shoes』。全編を色濃く印象づけているのは、何よりBACHLOGICとOHLDによる秀逸なトラックだ。リスナーの心をぐっと掴んで離さない変幻自在なSALUのフロウをさらに引き立て、盛り上げていく。リード・シングルの“Taking A Nap”ではその壮大な世界観を、そして“Daredevil”では何やら怪しげに蠢く感情をと、まるでSALUが表現する〈感情〉に寄り添うようにしっかりとビートが主張している。そんなSALUを特徴づけるのは何と言ってもそのリリックだろう。“In Your Shoes”で〈人より速く動けば、人よりも前に出れるか?〉と年相応の焦燥感を纏った表現が出てきたかと思えば、“Taking A Nap”や“To Come Into This World”では地球規模の(しかも的を射た)スケールで語るパンチラインが次々と飛び出す。イントネーションひとつを取ってもトリッキーだし、まるで言葉でリズムを取るかのようにテンポよく展開されるリリックは、自在に形を変えていくアメーバのようでもある。

——トラックはどういうプロセスで出来るんですか?

BL「基本的に渡したトラックには全部ラップを乗せて返してきたんで、そこから選んだという感じですね」

S「ビートを選ばず、トラックをもらったら全部ラップを乗せます。OHLD君と録る時はセッションみたいに作ります。スタジオに入るとOHLD君がビートを組んで、俺がリリックを書きはじめる。だいたい3時間ほどで〈さあ録るぞ!〉という感じですね。リリックはどこでも書けるようにしていて、生活するなかで使いたい言葉っていうのを貯めておくんですけど、トラックを聴いたらそれがスッと出てくる感じです」

BL「SALUは一曲作るのにあんまり時間がかからないタイプですね。フックもすぐに出てくるし。〈いい感じにポップな響きのメロディーを〉というアドヴァイスはしましたけど」

——状況を俯瞰的に見れないと書けないリリックが多いですよね。大きな視点で伝えるというか。アルバム・タイトルにもそうした思いが込められていますか?

S「できるだけ多くの人にアルバムを聴いていただきたいんです。勢いで言っちゃうと、全人口の方に。そういう意味でも本当は全部英語でやりたかったくらいなんですけどね……(笑)。このアルバムに関しては(いままでネットにアップしてきたような曲と)心の込め方が全然違うっていうか。僕のほうから世界に歩み寄ってみようかなという気持ちで書きました。『In My Shoes』というタイトルには〈僕の視点から見た世界〉という意味が込められてます。それをいろんな人に見てほしい、と」

——フックやフロウが多彩だと感じたのですが、そのセンスはどこから?

S「本当にいろんな人の作品を聴いて、影響されまくっているので、先人たちのいろんなものを借りているっていう感覚です。でも僕の感情は僕にしかないものなので、感情を伝えるために、その〈ツール〉を使って、どれだけ人に興味を持って共感してもらえるものを作り出せるか、ということにはこだわっています」

——“To Come Into This World”では〈世界に期待はしてなかった〉とラップしてますが、逆にいまは世界に期待をしてますか?

S「期待というか、いち人間にならないと、ってここ最近ようやく思いはじめて。フラフラしている人間だと、国も変えられないし、世界も変えられないじゃないですか。だからゼロから1になって、そこでやっと土俵に上がれるんじゃないかなと思ってるんです。それまでそんなこと興味もなかったし、まあ自分の好きなように生きて自分の好きなように死ねばいいかな、なんて思ってたんです。そういうところは大きく変わったと思いますね。『In My Shoes』の制作過程を経たのは大きいです」

——自分のいる舞台が変わったという感じはありますか?

S「いや、全然。変わらず、自分が感じたことを音楽にしていきたいなと思うだけです。いまも変わらず、ヒップホップは僕の生活様式そのもので、ヒップホップに限らず、音楽は僕の生活のなかで大きな役割を占めているし、音楽を聴いて、音楽を発信したくなる気持ちは変わらないですね。今回収録した曲は全部、聴いてくれる方たちを意識して書いてます。僕のなかにあるものを、自分じゃない人に聴いてもらうために音楽があると思っているので」

「かっこいい人たちがやってることは気になる」とも語るSALU。もはや、そのかっこよさは聴き手を選ぶものではない。衝動に突き動かされて成長していく一人の少年として、そのストーリーテラーとして、こんなにリスナーの胸を熱くさせる術を心得ているアーティストがどれくらいいるだろうか。時折、楽曲から聴こえる彼の「ハハッ」という乾いた笑い声は、その自信を物語っているようにも思えるのだ。


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