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特集

DISCOGRAPHIC RED HOT CHILI PEPPERS

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2011年08月24日 17:59

更新: 2011年08月24日 18:22

ソース: bounce 335号 (2011年8月25日発行)

文/山口智男

 

レッド・ホット・チリ・ペッパーズを知るための9枚 

 

『The Red Hot Chili Peppers Capitol(1984)

アンディ・ギルのプロデュースによるポスト・パンク風のファンク・サウンドは確かに未完成だ。そのうえにギターとドラムの直前逃亡も痛かった。しかし、失敗作と断じる前に、ラップも含めたこのデビュー作が当時いかに斬新だったか、想像してみる必要がある。

『Freaky Styley』 Capitol(1985)

向こう意気が空回りした前作の反省からか、Pファンクの首領、ジョージ・クリントンのプロデュースのもとで真正面からファンクに取り組んだ。ミーターズやスライのカヴァーにも挑戦。その経験は次作から効きはじめる。ギターにヒレル・スロヴァクが復帰。

『The Uplift Mofo Party Plan』 Capitol(1987)

ドラムスのジャック・アイアンズを含むオリジナル・メンバーで作られた唯一のアルバム。モダンなヘヴィーネスを手に入れると共に、ついに完成したレッチリ流ファンク・ロックは、その後のミクスチャー・ロックの先駆けに。ボブ・ディランのファンク・カヴァーもすごい。

『Mother's Milk』 Capitol(1989)

ヒレル・スロヴァクがドラッグ中毒で急死し、新たにジョン・フルシアンテとチャド・スミスが加わった。前作以上にパンクでヘヴィーなサウンドが、彼らがバンド崩壊の危機を火事場の馬鹿力で切り抜けたことを連想させる。その一方では歌心も芽生えはじめた。

『Blood Sugar Sex Magik』 Warner Bros.(1991)

全米チャート3位を記録した5作目。リック・ルービンのプロデュースのもと、一軒家で合宿を行って完成させた。怒涛のファンク・ロックに加え、“Under The Bridge”などのバラードが新境地をアピール。バンドの評価と人気を決定付けると同時に大きな転機になった。

『One Hot Minute』 Warner Bros.(1995)

ファンク色は薄れたものの、決して悪い作品ではない。ジョン・フルシアンテの代わりに迎えられたデイヴ・ナヴァロのプレイは確かにレッチリに合っているとは言い難い。しかし、曲そのものはバンドの成熟を伝えつつ、前作からの流れを受け継ぎ、次作に繋げている。

『Californication』 Warner Bros.(1999)

ジョンの復帰と共に、バンドの成熟が美しい歌の数々に結実。ファンクのビートに頼らない表現が、レッチリの新しい時代の始まりを印象付けた。かつての暴れん坊たちはカリフォルニアの、そしてアメリカの黄昏を歌う大人のロック・バンドへと見事に転身を遂げた。

『By The Way』 Warner Bros.(2002)

前作の路線をさらに追求。メロウな曲の数々がやや甘口すぎるものの、聴きどころはむしろジョンが随所で聴かせる閃きと考えたい。彼のバック・ヴォーカルとの美しいハーモニーが印象に残る“Can't Stop”はレッチリ流ファンクの新しい形。本作は全米チャート2位を記録した。

『Stadium Arcadium』 Warner Bros.(2006)

流石にこれはメロウすぎた。ファンク・ナンバーも含め、やりたいことをあれこれ詰め込んだ全28曲収録の2枚組。表現が冗長になってしまうところも彼らならではだが、この集大成と言える本作でついに全米チャートNo.1を獲得した。ジョンはこれを最後にバンドを脱退。

 

OTHER DISCOGRAPHIC

EP
『The Abbey Road E.P.』(1988)

BEST ALBUM
『What Hits!?』
(1992)
『Greatest Hits』(2003)


COMPILATION
『Out In L.A.』(1984)
『Live In Hyde Park [Live]』(2004)

 

インタビュー