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特集

冨田勲──惑星と人生へのレクイエム(3)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年06月30日 19:42

更新: 2011年06月30日 20:24

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text:松山晋也

71年、当時1千万円もの大金でモーグ・シンセサイザー(モーグⅢ-P)をアメリカから個人輸入した冨田は、マニュアルも何もない手探り状態の中で、半年以上の時間をかけて独力で使い方を修得。そして74年、1年4ヶ月もの歳月をかけて完成したのが、ドビュッシー作品集『月の光』だった。米ビルボードのクラシック・チャートで1位になったその歴史的傑作で一気にシンセサイザー・ミュージックの可能性をネクスト・レヴェルへと押し上げた冨田は、以下『展覧会の絵』、『火の鳥』、『惑星』、『宇宙幻想』、『バミューダ・トライアングル』等々、画期的な作品を次々と発表してゆき、“世界のトミタ”と呼ばれるようになる。80年代にはリンツやニューヨーク、シドニーなど世界各地で、シンセサイザーとレーザー光を使った野外の巨大スペクタクル〈サウンド・クラウド〉を行い、エンタテイナーとしても人々を驚愕させた。

冨田勲

そんな冨田が、シンセに出会うずっと前から、ことのほか強い情熱を持って探求してきたのが、サラウンド音響である。「サラウンドは僕にとっては特別なことではない。街中を歩いていても、全方位から音が聞こえてくるのが普通でしょう。そもそもステレオってのは、ステージ上にオーケストラが並んで演奏する場合の効果的音響として考えられたものであって。サラウンドの方がずっと自然なんです」

サラウンドへの関心の芽は、幼少時の体験にある。「5〜6才頃、北京で暮らしていたんだけど、そこの天壇公園に回音壁というのがあって。円形の壁で、向こうの音が反響してこちらで聴こえる。空で鳥が鳴くと、その反響音で自分が宙に浮いたような気分になる。鮮烈な体験だった」

音に包まれたいという感覚への欲求、立体音響に対する意識は、果たしてその後ずっと彼の中に深く根を伸ばしてゆき、独自の音楽表現へと昇華されてゆくのである。早くも50年代にはNHKの実験的番組『立体音楽堂』において、立体音響などに挑戦しているし、件の〈サウンド・クラウド〉などはその集大成的実験とも言えるだろう。もちろん、シンセ作品では「アレンジ段階からサラウンドを前提にしていたし、録音もビクターCD-4やソニーSQという4チャンネル・ステレオ方式でやっていた」という。シンセ・アルバムの第一弾にドビュッシー作品を選んだのも、ウォルター・カーロス『スウィッチト・オン・バッハ』など冨田以前のシンセ作品が線画的あるいは平面的な構造/音響だったのに対する反発心が、その背景には窺われる。そして、そんなサラウンド音響に対する冨田の執念と修練のとりあえずの決算報告として登場したのが、今回の『惑星 Ultimate Edition』であり、同時発売された『源氏物語幻想交響絵巻 完全版』というわけだ。後者は、源氏物語を題材にしたオケ作品(『惑星』同様ハイブリッド仕様SACDの2枚組)だが、一部でシンセも用い、すさまじいサラウンド音響が施されている。作曲家、音響芸術家・冨田の全キャリアと能力が注ぎ込まれたような傑作だ。

近年、再びオケ作品に回帰しつつある79歳の冨田は、しかし既に次の作品の構想を練っている。テーマは宮沢賢治だ。「〈星めぐりの歌〉など彼が作った歌のメロディを用いた〈イーハトーブ・シンフォニー〉というのを作りたいと思っている。オケものだけど、もちろん必要とあれば、シンセも使う。曲は部分的に少しずつ書いているけど、完成するかどうかわからないな(笑)。発表の際は、岩手山を背景にして、小岩井農場に1万人ぐらいの聴衆を集めてコンサートをやりたい。現地で合唱隊も募って」

冨田先生、その時は私も小岩井農場に駆けつけます。必ず。

 

冨田勲(とみた・いさお)

作曲家。1932年東京生まれ。慶応義塾大学在学中に平尾貴四男、小船幸次郎各氏に作曲を師事。1974年には米RCAよりリリースされたアルバム「月の光」が米ビルボード・クラシカル・チャート第1位となり、日本人として初めてグラミー賞4部門にノミネートされ、さらに全米レコード販売者協会(NARM)の1974年度クラシック部門最優秀レコードに選出されるという快挙をなしとげ、TOMITAの名は全世界的なものとなる。以降『展覧会の絵』『火の鳥』『惑星』から『バッハ・ファンタジー』(1996)にいたる多くのシンセサイザー・アルバムを発売、いずれもが世界的なヒットを記録している。


冨田勲 デモ視聴、トーク&サイン会
『DENON銀座音楽倶楽部「冨田 勲 《惑星》《源氏》を語る SACDサラウンド体験試聴の夕」 』
──3度目の挑戦。これが「惑星」の最終形! 亡き友、糸川博士へ捧げる新曲を加えたSACD。

日時:7/8(金)18:00~
会場:DENON銀座音楽倶楽部(東京都中央区銀座5-5-14 GINZA GATES 11F Caspa 銀座)
http://www.denon.jp/

■ 当イベントは、入退場自由となります。どなたでもご入場頂けます。
■ デモ試聴会、トークイベントの後に、サイン会を行います。
■ サイン会は、サイン会参加券をお持ちの方、全ての方にご参加頂けます。
■ サイン会参加券は、タワーレコード渋谷店、新宿店、秋葉原店、横浜モアーズ店、タワーミニ汐留店にて、『惑星 Ultimate Edition』(COGQ-51)あるいは、『源氏物語幻想交響絵巻・完全版』(COGQ-52~3)をお買い上げのお客様に、先着で差し上げます。数に限りがございます。予約者優先とさせて頂きます。
■ サイン会参加ご希望の方は商品購入の際にお渡しいたしますサイン会参加券とご購入されました商品をご持参の上、当会場にお越しください。サインはCDジャケットに致します。
■ 会場はテナントビルのワンフロアですが、満員の場合、入場をお断りする場合がございます。予めご了承ください。サイン会は、サイン会参加券をお持ちのお客様、全ての方、ご参加頂けます。
■ 会場では15 時から入場自由で他作品の試聴会を行なっております。お時間が許す方は是非ご参加ください。
■ カメラ、カメラ付携帯電話、また録音録画機器によるイベント模様の撮影及び収録は固くお断りいたします。
■ 止むを得ない事情によりイベントの中止、変更をさせて頂く場合がございます。予めご了承ください。

寄稿者プロフィール
松山晋也(まつやま・しんや)

音楽評論家。著書「めかくしプレイ」「プログレのパースペクティヴ」など。複数の音楽誌や一般誌で連載中。しばしばイヴェント司会なども。本誌の前身「ミュゼ」時代、冨田先生の自宅取材(O編集部員が同行)でご本人からいただいた明珍火箸が家宝です。

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