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ホットハウス──ポスト″クラブ″としてのダンスパーティーの再生(3)

そんな、ビ・バップの激しい演奏とともに、「ホットハウス」のパーティーでは、ディスコで踊り狂った彼が体感したはずのダンスホールの風俗的な雰囲気と、実際に汗ばむ異性の身体や匂いや息づかいがペアダンスの人肌を通じて感じられる、リアルで色濃い時間が約束されている。

ご存じのとおり、ディスコからクラブに移行したときに、様々な変化が起こった。そのひとつはダンスフロアのコミュニケーションの方法である。かつて、ダンスフロアのダンスは、求愛だったり、駆け引きだったりのセックスに至るまでの前戯的な意味合いがあったのだが、クラブになってからは、踊る個人自体の感覚が単体でエクスタシーに陥るようになり、もはや、その音楽体験がセックスそのものとなってしまった。

その感覚は現在も継続中だが、さすがに90年代再生を極めた、レイブ、トランス感覚はすでに音楽フィールドの中で日常化。おまけに、震災のような未曾有の出来事が起こってしまい、原発事故の放射能危機にさらされている今、忘我のエクスタシーなんかに浮かれていては、生存できないわけで、そこでひとつの古典回帰が起こっても不思議ではない。(第1回目は震災以前の開催で、今の状況は想像すべくもなかったはずだが、こういう時代とのシンクロを引きつけてしまうのも才能ですな!)古典回帰は、私たちが宿命的に持っている肉体の実感や本能への目配せでもある。そこにこのパーティーの「ダンスフロアに男女の性差と身体性を持ち込む」というコンセプトがよりいっそう輝くことになったのだ。

しかし、カップル文化が皆無の日本では、ソレが菊地のかけ声だけで、実現するはずもない。文化系が多く、ナンパ師なんぞはたぶん一人としていない彼のファンをして、ビバップで踊らせるために、彼はパーティーに様々な仕掛けを施している。まずは、パーティー顧問として日本のジャズ&ダンスフロア文化の生き証人(チャーリー・パーカーの演奏を生で2度聴いたことがある!)、瀬川昌久を擁し、「ジャズとダンスの歴史」レクチャーを行っているのだ。瀬川氏自身、白髪のダンディーで、戦後、一時だけ日本でも風俗として存在した〈踊るカップルダンス〉の体現者のオーラは、エレガント光線十二分で、彼の歴史的教養と、奥様と踊る実際のペアダンスは、フロアの空気を艶やかな色に染めていく。「ペアダンスって言ったって、踊り方が分からないよ!」という当然の反応は、これまた、日本を代表するリンディホッパー・カップルとして、クラスやイベントを主催している、アモーレ&ルルによるステップレッスンにて、実体験的な教養も身に付けつつ解決されていく。 菊地と彼の盟友、大谷能生のコンビがヒップホップ式の2MCスタイルで登場するのは、往年の社交場「ラテンクォーター」のダンスの合間に登場する、コメディアンのような位置づけ、と考えればいいだろう。

さて、第2回目からは、カップル参加の縛りが消えて、「踊らず鑑賞派」もオーケーになったのであるが、予想通り、「生身の女との実コミュニケーションが大の苦手」なニッポン男子たちは、またぞろ、鑑賞派に寝返り、ダンスフロアは、女同士が踊る姿もちらほらするという予想できる事態に陥っていた。この状況は、女性からするとかなりトホホなので、今後はやはり最初のカップル縛りをぜひ、男性への教育的指導も含めて行っていただきたい。何せ、そこで踊られるペアダンスは、完全に男性のリードありきのものだからだ。

これまた、菊地成孔の「あえて、文化的なギャップを作り、その差異を愉しむ」という根本マナーの一環。〈仕込み〉の私としては、とにかく、その辺のテクノ野郎でも、ヒップホップでも、踊り素養のある若い男をフロアに供給し、彼が仕掛ける「オトナの社交場」に一大荷担したいと思っている。

『菊地成孔presents "HOT HOUSE"』

7/9(土)17:15開場 / 18:00開演
会場:日本橋三井ホール
司会/進行:菊地成孔&大谷能生(JAZZ DOMMUNE)
コンセプチュアルアドバイザー:瀬川昌久
DJ:沖野修也 (KYOTO JAZZ MASSIVE) /NADJA/菊地成孔
生演奏:リアル・バッパーズ・フロム・東京1&2
坪口昌恭(P)、平戸祐介(P)、藤井信雄(ds)、服部正嗣(ds)、
大儀見元(perc)、須長和広(b)、永見寿久(b)、津上研太(sax)、
纐纈歩美(sax)、エリック・ミヤシロ(tp)、類家心平(tp)
リンディホップダンス インストラクター: Amore&Lulu(Swing Gigolo)
http://www.kikuchinaruyoshi.com/

 

寄稿者プロフィール
湯山玲子(ゆやま・れいこ)

著述家、ディレクター/プロデューサー。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニブックス)など。現在、六本木新世界で「爆音クラシック」、Ust放送で「湯山玲子トークTVショウ 8:45pm」を定期的に行っている。 (有)ホウ71取締役。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
http://yuyamareiko.typepad.jp/

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年06月30日 17:00

更新: 2011年06月30日 21:10

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

text:湯山玲子

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