LIMP BIZKIT
あのリンプ・ビズキットが、帰ってきた――。〈あの〉というのは、2000年にリリースされて全世界で1,200万枚のセールスを記録し、バンドを新世紀ロック・シーンの頂点へと導いた、モンスター・アルバム『Chocolate Starfish And The Hot Dog Flavored Water』までの最強の布陣ということ。そう、前作『The Unquestionable Truth (Part 1)』でサウンド面やパフォーマンス面の要だったウェス・ボーランド(ギター)が劇的なカムバックを遂げたのに続いて、今回のニュー・アルバムでジョン・オットー(ドラムス)が帰還し、リンプ・ビズキットは実に11年ぶりにオリジナル・ラインナップで再生したのだ。
前作からは6年ぶりとなる新作『Gold Cobra』のリリース日は、6月29日。アーティスト・サイドのセキュリティー体制の厳重さが増すなか、この原稿の締切ギリギリのタイミングで音源を試聴できることになったので、一聴しての印象も後に添えさせていただくが、ここでは基本的にリンプ・ビズキットのこれまでの歩みを押さえつつ、バンドが、というか、フロントマンのフレッド・ダースト(ヴォーカル)が辿ってきた紆余曲折について考えてみたいと思う。
モンスター・バンドの誕生
フロリダ州のジャクソンヴィルにて、フレッド・ダーストとウェス・ボーランド、ジョン・オットー、サム・リヴァース(ベース)、DJリーサル(ターンテーブル/サンプラー)によって結成され、97年に『Three Dollar Bill, Yall$』でデビューしたリンプ・ビズキット。同作からの“Faith”(ジョージ・マイケルの大ヒット曲のカヴァー)で人気に火が点いた彼らは、バンドを見い出したコーンが主催するフェスティヴァル〈The Family Values Tour〉でのパフォーマンスでも評判を呼び、ファン・ベースを拡大。アルバムは翌年までに、150万枚のセールスを記録する。
鮮烈なデビューを飾った彼らは、ここからさらに巨大なロック・アイコンとして化けてゆく。99年にリリースされたセカンド・アルバム『Significant Other』は、全米チャート初登場1位で迎えられ、世界トータル700万枚以上をセールス。翌2000年に早くも投下された3作目『Chocolate Starfish And The Hot Dog Flavored Water』は、先に延べた通り1,200万枚というメガ・ヒットを記録する。飛ぶ鳥を落とす勢いというのは、こういうことを言うのだろう。
しかし、この驚異のブレイク劇の直後に、バンドの雲行きがにわかに怪しくなるのである。いや、もしかすると、世界中にリンプ旋風が巻き起こっている最中にも、すでに不協和音は生じていたのかもしれない。
2001年、音楽性の違いを理由に、ウェスが脱退。バンドは結局、後任ギタリストに元スノットのマイク・スミスを迎えて活動を続けることになるのだが、その間にフレッドは日本人ギタリストを迎え入れることを表明して、オーディションを開催している。フレッドこそ本気なことを強調していたものの、あまりに突飛で現実味が薄かったことは否めないし、リンプとしての活動が停滞することを恐れての話題作りのようにも見え、これは逆にバンドの迷走ぶりを浮き彫りにした格好となった。実際に、過去の楽曲をリミックスした『New Old Songs』のリリースで繋いで、リンプが次のオリジナル・アルバムを完成させるまでに、2年の歳月を要している。
狂い出した歯車
そして2003年に、通算4枚目のオリジナル作『Results May Vary』が発表されるのだが、アルバム・タイトルの変更とリリースの延期が何度も繰り返され、バンド名もリンプ・ビズキットから〈リンプビズキット〉に改められるなど、ドタバタ続きのリスタートとなった。フレッドにしてみれば、新たな出発に際して何らかのステイトメントを発信したかったのだろうが、片腕以上の存在だったウェスを失った彼が、バンドをどういう形で新生させるか逡巡していたであろうことは想像に難くない。
そんなフレッドのモードは、『Results May Vary』のサウンドにも色濃く反映されていた。それまでの3作でヘヴィー・メタルとヒップホップを交配させ、その重度と強度、尖鋭度はそのままに、ポップ度を上げ、より幅広いリスナー層にリーチする高性能のヘヴィー・ロックを作り上げてきたリンプが、メランコリックでメロディアスなギター・ロックへと方向性を大きく転換したのだ。この時期のインタヴューでフレッドは、何とクイーンを引き合いに出して新生リンプを語っていたが、散漫で焦点が定まらない印象は拭えず、大きな批判にさらされてしまう。フェスではオーディエンスからブーイングを浴びる一幕もあった。
気がつけば、ヘヴィー・ロックは衰退し、ホワイト・ストライプスやストロークスが牽引する形で、シーンは〈ガレージ/ロックンロール・リヴァイヴァル〉の真っ只中。その流れにも逆行した形となったリンプビズキットは、頂点の座から陥落するばかりか、居場所さえ失ってしまうのだった。
これはあくまでも私見なのだけれど、このような音楽的側面のほかにも、リンプが失速していった要因があったような気がしてならない。それはひと言で言うならば、〈軽さ〉だ。同時代のヘヴィー・ロックの数少ない生き残り組である、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(一度解散するが)やコーンと比較してみれば、わかりやすいだろう。レイジが醜悪な政治やシステムに、コーンがジョナサン・デイヴィスの癒えないトラウマに、立ち向かうための闘争エネルギーを爆音と叫びに炸裂させていたのに対し、リンプの原動力となっていたのは自身を虐げる世の中や人間への恨みつらみ――早い話が〈Shit!〉と〈Fuck!〉だけだった。その逆切れパワーが、フラストレーション解消装置として機能していたのも事実。しかし、中指を立て続けているだけでは何も変わらないし、特に〈9.11〉以降、よりリアルな表現が求められるなかで、フレッドの怒りや泣き喚きは、現実を生きる人々には負け犬の遠吠えにしか聞こえなくなったのだと思う。
それに加えて、プレイボーイ誌のプレイメイトをガールフレンドにしたりする、フレッドの前時代的なロックスター然とした振る舞いや、ブリトニー・スピアーズに恋したりするミーハーさ、またド派手にエンターテインされたステージングといったものが、バンドに軽薄で愚鈍なイメージを与えることになっていたようにも感じられる。当初こそポップで新鮮に感じられた、フレッドの大人子供なスケーター・ファッションも然り。いずれにしても、新世紀の幕開けに世界を制覇したリンプは、その3年後には世界の嫌われ者になっていたのである。
どん底からの復活
だがしかし、負け犬は負け犬のままでは終わらなかった。ここからリンプは、不屈の闘志で立ち上がる。きっかけは、やはりこの男、ウェス・ボーランドだった。
2004年、オフィシャル・サイトにてウェスの復帰が発表されると、翌2005年にはバンド名をリンプ・ビズキットに戻しての5作目『The Unquestionable Truth(Part 1)』がリリースに。『Results May Vary』でのバッシングに懲りたのか、プロモーション一切なしで送り出されたこのアルバムで、バンドは轟音ギターに激情のラップというリンプの黄金スタイルを取り戻している。フレッドの歌詞にも、自分たちから離れていった連中を見返してやるんだという、強靱な意志が投影されていた。7曲入りで29分強というミニ・アルバム並みのヴォリュームは食い足りなかったし、セールスもさほど振るわなかったものの、リンプ復活を十分に予感させる作品だったと言えるだろう。
そして、『Gold Cobra』である。前作のリリース後、初のベスト・アルバム『Greatest Hitz』がリリースされ、ほどなくしてウェスがまたしても脱退し、もはやこれまでかと思っていたところでまたまたウェスが戻り、プライヴェートな事情(おそらくは薬物問題か鬱病)で休養していたジョンも復帰。すべてのピースが揃ったリンプ・ビズキットの放つ、まさに渾身のニュー・アルバムは、リンプ完全復活を存分にアピールする一枚だ。初期作(特に2作目と3作目)を彷彿とさせる、圧倒的なヘヴィネスとポップさを誇るパワー・チューンが揃い、フレッドの咆哮も甦っている。
本稿執筆段階では歌詞対訳を未見なので、フレッドが今作で何を言おうとしているのかはわからない。しかし、格段に熱量が増大したそのヴォーカルからは、破れかぶれとも死に物狂いとも言えるエモーションの奔流が、怒涛の如く押し寄せてくる。〈ヘヴィー・メタル+ヒップホップ〉が古いとか新しいとかの価値観から解放されたこの2010年代だからこそ、逆にシーンの強烈なカウンターとなる可能性を秘めたアルバムだと思うし、リンプ・ビズキットの本当の真価を知らしめる作品になるのではないかと思う。天国と地獄を見た男、フレッド・ダーストが、王座返り咲きに向けて大きな一歩を踏み出した。
▼関連盤を紹介。
フレッドとリーサルが参加したランDMCの2001年作『Crown Royal』(Arista)