RAPHAEL SAADIQ――THROWBACK TO THE FUTURE
ラファエル・サディークが転がっていく明日はどっちだ
コロムビア移籍作となった前作『The Way I See It』が、音もファッションも60年代のモータウン・スターを気取ったようなソウル回帰作だったラファエル・サディーク。R・ケリーの近作『Love Letter』にも影響を与えたのではないかと言われるほど、ラファエルが作るヴィンテージなサウンドは業界のトレンドとなり、ジョス・ストーンやレディシ、ゴスペルのマイティ・クラウズ・オブ・ジョイなどがその恩恵を受けたことも記憶に新しい。また、ボビー・Vの前々作『The Rebirth』でも、自身がいたトニ・トニ・トニ“Just Me And You”のリメイクを手掛けるなど、すっかり回帰モードだ。
俺は常に進化したい
そんなラファエルが約2年半ぶりにリリースした新作『Stone Rollin'』は、本人いわく「チャック・ベリーを意識した」というサーフィン&ホット・ロッド調の先行曲“Radio”に代表されるように、60年代アメリカン・ロックンロールへのオマージュとも受け取れる内容だ。前作と同じ60年代風でも、今回はソウルではなくロックンロール。ラファエルも「(前作以上に)エッジの効いたサウンドだし、ラウドなギターも多用している。俺は常に進化したいんだ」と語るが、しかし、〈進化〉という言葉とは裏腹に、奏でる音はレトロな度合いを増していくのがおもしろい。アルバム・ジャケット~インナーの写真も、まるで「アメリカン・バンドスタンド」のような50~60年代のTV音楽番組でパフォーマンスする〈オリジナル・ロックンローラー〉といった趣。まさにチャック・ベリーやボ・ディドリーのように。
「写真のアイデアは俺が思いついたんだけど、さまざまな世代の人が混ざったオーディエンスの前で俺がライヴをやっている写真にしたかったんだ。60年代のアメリカでは黒人差別法があったけど、そんななかチャック・ベリーは白人と黒人の聴衆の前で演奏していた。で、お客さんも人種の壁を越えて彼の音楽を楽しんでいたんだ」。
『Stone Rollin'』というアルバム・タイトルに関しては、「サイコロを振って、サイコロがテーブルの上で転がるのをイメージしたんだ。自分のすべてをさらけ出してるという意味だよ」とラファエル。ローリング・ストーンズを想起させなくもないタイトルだが、前作に続いてある種のモッズ趣味も感じられる本作は、そのタイトル曲が、かつてストーンズをはじめとするブリティッシュ・ロック勢が好んだシカゴ・ブルースの感覚を宿した曲だったりして興味を引く(ラファエル参加のアルバムも出していたゴスペル・アーティスト、ロイ・タイラーとの共作)。リトル・ウォルターばりのブルース・ハープが聞こえてきた時には、そういえばトニ・トニ・トニに“Little Walter”なんてタイトルの曲があったな……などと余計な詮索をしてみたくなったり。ロバート・ランドルフがスティール・ギターを弾いた“Day Dreams”もエルヴィス・プレスリーあたりのロックンロールを思い起こさせ、オールディーズに詳しいリスナーなら、曲を聴くたびにネタ探しの衝動に駆られてしまうに違いない。もっとも、ラファエル本人は「単純に好きな音楽的要素を組み合わせてるだけなんだ」と冷静だが。
それにしても、そのレトロ・マナーは徹底している。ラファエルはコロムビアとの契約時、現在同社のヘッドに就任しているリック・ルービンに「自分を枠にはめ込むな」と言われたそうだが、いまの彼はどこか吹っ切れている。
曲のスピリットとエネルギー
「新作のサウンドがこうなったのはツアーの影響が強いと思う。俺はずっとツアーをしていたから、ライヴ映えするようなアップビートでラウドな曲を作りたかった。そこから自然と方向性が見えてきたんだ。俺はこういうサウンドの音楽が子供の頃から大好きだったし、自分の一部になってるんだ。ライヴでバンドといっしょに演奏することに向いているアルバムを作りたかったんだよ」。
そのツアーの様子は、ボストン公演を収めた「Live From The Artists Den」やパリ公演を収めた「Live In Paris」といったDVDでも観ることができるが、つまりああいうロウなグルーヴを突き詰めたかったのだろう。そんなライヴ感は、地元オークランドの大先輩であるスライ&ザ・ファミリー・ストーンの“Dance To The Music”や“M'Lady”に影響を受けて作ったという1曲目の“Heart Attack”から溢れ出ている。ラファエルと共にプロデュースに関与したのは、エンジニアリングも手掛ける友人のチャック・ブランガート。そして、やはりライヴ・ツアーが刺激になったのか、今作では、ドラムス、ベース、ギター、キーボード、パーカッションといったリズム・セクションの楽器の大半をラファエルみずからが演奏している。
「なぜかっていうと、自分で曲を書いた後、他のミュージシャンを次の日にスタジオに呼ぶと、思い描いていたフィーリングが失われるからなんだ。次の日になると同じフィーリングを保つのが難しいんだよ。だから、自分で楽器を演奏することが多くなった。ドラムスも……そもそも(自分のルーツでもある)ヒップホップは生のドラムをサンプリングするところから生まれた。だから、すべての音楽のルーツに戻って生演奏をしたんだよ」。
今回はメロトロンも初導入。多くの曲でラファエルがそれを操っているが、“Go To Hell”では普段から頻繁にセッションするというアンプ・フィドラーが演奏している。他にも、ワー・ワー・ワトソンが“Moving Down The Line”でギターを、ラリー・グラハムが“The Perfect Storm”でベースを、そしてラファエルが大ファンだというアース・ウィンド&ファイアの元鍵盤奏者ラリー・ダンが“Just Don't”でピアノとモーグを担当。前作に続いて弦アレンジを手掛けたポール・ライザーも含め、ヴェテラン音楽家の参加もレトロなサウンドの打ち出しにひと役買っているわけだが、一方で、ノスタルジックな“Good Man”では、数曲で共作もしている新鋭女性シンガーのトーラ・スティンソンの歌をフィーチャー。そして、先の“Just Don't”では、北欧のジャズ・ユニットであるクープへの参加を経て現在はリトル・ドラゴンのヴォーカリストとして活動する日系スウェーデン人のユキミ・ナガノと共演するという、やや意外なコラボが実現していたりもする。何でもラファエルはリトル・ドラゴンの大ファンなのだそうで、「ユキミはとてもユニークな声を持っている。だから彼女には自由に、そのまま自分らしくしてもらった」と、その個性を尊重。そんな自由度の高さもレトロな本作のムードを醸成しているのだろう。
「曲を作っている時、自分が好きな音が決まると、そのスピリットで曲を完成させよう、ってなるんだ。俺は曲のスピリットとエネルギーを大切にしている。音作りとかサウンドよりもね。だから純粋な気持ちで自分の音楽を聴いてほしい。リスナーには俺の音楽を自由に解釈してほしいし、自由に名前を付けてもらって構わないよ。でも俺は、みんなが付ける名前にはずっと賛成しないだろうね(笑)」。
恐らく、今回の〈ロックンロールなラファエル〉に戸惑いを覚えるファンもいるだろう。しかし、オークランドのファンクを土台にする彼が、そのルーツを遡っていけばこうなることは何も不思議じゃない。それどころか、極めてラファエルらしい作品だとも言える。彼のインスタント・ヴィンテージな作法は一貫しているのだ。
▼ラファエルが制作に関与した近作を一部紹介。
左から、ジョス・ストーンの2009年作『Colour Me Free!』(Virgin)、レディシの2009年作『Turn Me Loose』(Verve Forecast)、マイティ・クラウズ・オブ・ジョイの2010年作『At The Revival』(EMI Gospel)
▼『Stone Rollin'』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、ロバート・ランドルフ&ザ・ファミリー・バンドの2010年作『We Walk This Road』(Warner Bros.)、アンプ・フィドラーの2006年作『Afro Strut』(Genuine)、ラリー・グラハムの85年作『Fired Up』(Warner Bros.)、リトル・ドラゴンの2009年作『Machine Dreams』(Village Again)
- 前の記事: MAHOGANY VIBES!
- 次の記事: レトロ・ソウルは流行なのか?