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特集

THE ORIGINAL SOUL CONVENTION――アーティスト=J.Loを創ったコリー・ルーニーとは何か?

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2011年05月18日 17:59

更新: 2011年05月23日 19:02

ソース: bounce 332号 (2011年5月25日発行)

文/出嶌孝次

 

恋のお相手は目まぐるしく変わったJ.Loだが、音楽的な意味でのパートナーといえば(新作では別れているものの)コリー・ルーニーが最上の存在だ。“Do Wah Diddy Diddy”で知られるエキサイターズの男女メンバー=ハーブ・ルーニーとブレンダ・リードの息子として業界の近くで育った彼は、ラッパーのマーク・モラレス(プリンス・マーキー・ディー)が率いたクルー=ソウル・コンヴェンションに参加し、80年代末からモラレスと共同で制作活動を開始。マークC・ルーニーと名乗っていたこの頃の最大の成果は、ヒップホップ・ソウル最初の一曲とされるメアリーJ・ブライジの“Real Love”(92年)だろう。つまり、J.Loより早く駆け出しの頃のディディと交流し、音楽史上のエポックな瞬間に立ち会っていたわけだ。

その後の歩みも凄い。モラレスやトラック・マスターズ、ディディと共に制作仕事を続けながら、クルー時代に交流のあったトレイ・ロレンツを通じてマライア・キャリーに繋がった彼は、『Butterfly』で数曲をマライアと共同制作し、彼女のレーベル=クレイヴのヘッドとしてソニー入り。にもかかわらずマライアの元夫トミー・モトーラに寵愛され、重要な社内案件として担当したのが、ジェシカ・シンプソンであり、初期デスチャであり、マーク・アンソニーのインターナショナル盤であり、J.Loであった。こうした背景を踏まえてJ.Loの音楽性を顧みるとなかなか興味深いのではないか。

なお、よほど信頼されていたのか、ソニーを去ったモトーラの新たに運営するカサブランカでもリンジー・ローハンらの新人はルーニーにセットアップを託されていた。完全にエグゼクティヴ化した近年のルーニーは目立った仕事を残していないが、現在は自身のプロダクション運営に専念しているという。そこから次のJ.Loを送り出せるか、期待したい。

 

▼コリー・ルーニーのプロデュース曲を含む作品を一部紹介。

左から、メアリーJ・ブライジの92年作『What's The 411?』(Uptown/MCA)、マライア・キャリーの97年作『Butterfly』、マーク・アンソニーの99年作『Marc Anthony』(共にColumbia)、デスティニーズ・チャイルドの2001年作『Survivor』(Music World/Columbia)、ジェシカ・シンプソンの2006年作『A Public Affair』(Columbia)、リンジー・ローハンの2004年作『Speak』(Casablanca)

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