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忌野清志郎(3)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年05月02日 20:10

更新: 2011年05月06日 13:28

ソース: intoxicate vol.91 (2011年4月20日発行)

90年代後半にぼくは沖縄の照屋林助の『てるりん自伝』という本の構成にたずさわっていた。照屋林助は沖縄の古典音楽家照屋林山の息子で、りんけんバンドのリーダー照屋林賢の父親である。

ぼくが会ったころは漫芸家と名乗っていたが、一般的な言い方をすると彼はボードビリアンで、おしゃべりしたり、寸劇したりしながら、歌を作ったり、うたったりしていた。そのおしゃべりはユーモアと機知と知性にあふれたもので、沖縄文化についてはかりしれないほど多くのことをぼくは彼から教わった。

彼が語り伝えた話の中で、その後広く知られるようになったエピソードのひとつに、ブーテン先生の「スージ(命)のお祝い」の話がある。

ブーテン先生(小那覇舞天)は、沖縄市で歯科医を開業していたが、沖縄の芸能に明るく、診療の合間をぬって、自ら歌を作り、うたい、語り、イヴェントをプロデュースしていた。林助は太平洋戦争が終わってまもない10代のとき、弟子としてブーテンさんの教えを受けた。

太平洋戦争の戦場となった沖縄では、約20万人の犠牲者が出た。その多くは兵士ではなく、民間人で、県民の4人に1人が亡くなっている。

長年にわたって差別を受けてきた沖縄では、日本に同化すれば、差別が消えるかもしれないという淡い期待のもとに、方言をはじめとする文化を自ら抑圧してきた歴史がある。戦争中の日本軍への協力も同様の心情からだった。

しかし戦争は沖縄に大変な悲劇をもたらして終わった。沖縄はいまなお米軍基地を押しつけられた県であり、その意味では原発を押しつけられた福島県などとも共通する面があるのだが、それはここではひとまずおこう。

戦争への怒りや悲しみがうずまく中、ブーテン先生は、林助を引き連れて、べつに呼ばれたわけでもないのに、悲しみにくれている人たちの家々を回った。そして「スージ(命)のお祝いをしましょう」と語りかけ、漫談を語り、風刺の歌をうたった。

村人たちは最初はもちろんけげんな顔をした。しかし「こんなときだからこそ、生き残った者が命の大切さをかみしめて命のおい祝いをしなければ、死者も浮かばれない」というブーテン先生の言葉に、人々は次第に心を開き、納得していったという。

ブーテン先生は職業的な芸能者ではなかったが、このエピソードは日常と非日常の間を往還する芸能のありようが、祈りや儀式につながるものであることをとてもわかりやすく物語っているように思える。

都立高校のとんがったフォーク少年だった忌野清志郎が、80年代のはじめに極彩色のロック・シンガーに生まれ変わって「よォーこそ!」と叫びながらステージに躍り出てきたときから日本のロックのエンタテインメントは新しい時代に突入した。その鮮烈な印象は、いまだに忘れられない。

不遇だった70年代中期に、忌野清志郎は趣味の延長でフォークをやることと、芸能者としてロックをうたうことの意味のちがいを意識し、後者を演じることを決意したにちがいない。その変化は一夜にして起こったわけではなかった。80年代前半、取材の席で会った彼は、ステージの歌舞伎者とはちがって、まだ無口なフォーク少年のままだった。

この夏に公開予定の映画『大鹿村騒動記』の試写を最近見る機会があったが、彼の《太陽の当たる場所》がエンディングに効果的に使われていた。

原田芳雄が主演する映画では、長野県の大鹿村の村人たちがそれぞれに家庭の事情をかかえながら、村に伝わる歌舞伎の上演に打ちこんでいる。これまた普通の村人が芸能という非日常の世界に足を踏み入れて、日常に戻ってくる話だ。忌野清志郎のことを振り返っているときにそんな映画に出会ったのも何かの縁だろう。

もし彼がいまも生きていたら5月2日には武道館に出てきて、祈りと儀式と芸能がひとつになったような歌をうたってくれるにちがいない。

今夜は久し振りに引っ張り出した彼のCDで《ヒッピーに捧ぐ》でも聞いて過ごすことにしよう。

忌野清志郎(いまわの・きよしろう)1951年生まれ。高校在学中にRCサクセション結成し、1970年に『宝くじは買わない』でデビューし、《雨あがりの夜空に》《スローバラード》《い・け・な・いルージュマジック》 などのヒット曲を発表。91年の RCサクセションのは活動休止後は、ソロ活動と並行して、俳優や画家としても活躍した。2005年に喉頭癌であることを公表し、闘病を続けていたが、2009年5月2日に逝去。享年58歳。

寄稿者プロフィール
北中正和(きたなか・まさかず)
1946年奈良市生まれ。音楽評論家。著書に『ロック』『にほんのうた』『ギターは日本の歌をどう変えたか』『「楽園」の音楽』『毎日ワールド・ミュージック』など、編著書に『世界音楽の本』『世界は音楽でできている』『てるりん自伝』『細野晴臣エンドレス・トーキング』など。NHKFM『ワールド・ミュージック・タイム』の構成/DJを担当。wabisabiland主宰。東京音楽大学非常勤講師。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。

忌野清志郎ロックン・ロール・ショー 日本武道館 Love & Peace
5/2(月)OPEN 15:00 / START 16:00 会場:日本武道館
【出演】
忌野清志郎
泉谷しげる / UA / 奥田民生 / 金子マリ / 斉藤和義 / ザ・クロマニヨンズ / サンボマスター(アコースティックバージョン) /スティーブ・クロッパー/ 東京スカパラダイスオーケストラ / トータス松本 / 仲井戸"CHABO"麗市 / ハナレグミ /浜崎貴司+高野寛 / 原田郁子 / 細野晴臣 / 真心ブラザーズ / 宮沢和史 / 矢野顕子 / YUKI/ ゆず / ※五十音順
〈BAND MEMBER〉
仲井戸麗市(Gt) / 新井田耕造(Dr) / 藤井裕(Ba) / Dr.kyOn(key) / 梅津和時(A.Sax) / 片山広明(T.Sax) / Leyona(Cho)
http://www.sogotokyo.com

映画『大鹿村騒動記』
監督:阪本順治 脚本:荒井晴彦/阪本順治
出演:原田芳雄 大楠道代 岸部一徳 松たか子 佐藤浩市
エンディング曲:忌野清志郎
配給:東映(2011年 日本)
7/16(土)より全国ロードショー!
©2011「大鹿村騒動記」製作委員会

 

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