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カテゴリ : スペシャル

掲載: 2011年03月09日 17:59

更新: 2011年03月09日 18:37

ソース: bounce 329号 (2011年2月25日発行)

文/出嶌孝次

 

ポスト・ダブステップの、そのまた先の向こう側まで

 

 

ここまで前評判が高かったファースト・アルバムというのもそうそうないのではないか。もちろん、そういう騒がれっぷりが実際の支持に結びつかない例も最近は多いが、2月7日にリリースされたジェイムズ・ブレイクのファースト・アルバム『James Blake』は全英チャートで見事に9位を記録したばかりだ。意志を持ってポップ・フィールドに挑んでいったスクリームやマグネティック・マンが成功を収めたのと同じぐらい、いや、この数字には数字以上の意味がある。

ジェイムズ・ブレイクは89年、ロンドン生まれ。二十歳すぎの表情には、写真を見る限りだとまだ幼さも残る。デーモン・アルバーンやダミアン・ハーストらを輩出したゴールドスミス(・カレッジ)でアカデミックに音楽を学び、その過程で制作したのがデビュー・シングル“Air & Lack Thereof”だというから、楽曲制作のキャリア自体はまだまだ短い。ソウル・ジャズのコンピ『Steppa's Delight 2』に収録されたその“Air & Lack Thereof”と、アナログのB面曲“Sparing The Horse”(こちらはシェフ&ラマダンマンのミックスCDやディプロのコンピに収録)はベースの太いダンス・トラックだったが、翌2010年の3月に登場したセカンドEP『The Bells Sketch』では表題曲を圧の強いアトモスフェリックな低音で埋め尽くし、フライング・ロータスを思わせる空間を構築するなど、音源には成長過程のアーティストならではの進化が刻まれていくことになる。

決定的だったのは、ベルギーのR&Sからリリースした3枚目のEP『CMYK EP』だ。テクノの名門レーベル発ということが惹きになった部分もあったとしても、それは最初だけだっただろう。表題曲はBBCのRadio 1でプッシュされ、秋に4枚目のEP『Klavierwerke EP』が出る頃には、完全にジェイムズ・ブレイクという名前はホットなものになった。ダブステップの顔役たちが先述のようにメジャー化を進めていた動きへの反動なのか、〈ポスト・ダブステップ〉というタームで彼のサウンドが寵愛を受けたのもこの頃が山場だっただろうか。

が、クラシック音楽の素養を活かして自身のピアノをフィーチャーした件のEPでの作風は、続くメジャー・デビュー・シングル“Limit To Your Love”にてさらに驚くべき変化を見せる。ファイストのカヴァーという意外性(意外じゃなかったことも後にわかるのだが)もさりながら、そこでは自身の繊細な歌声を中心に据えていたのだ。そのシングル同様、今回の『James Blake』も非常にソング・オリエンテッドなヴォーカル・アルバムとして仕上がってきた。

もちろん音像は彼特有のそれだ。静謐さのなかで何か大きなものがゆっくり蠢いているような雰囲気は、数枚のEPで証明してきた可能性に違う角度からアプローチしたものだろう。いわゆる〈黒さ〉のとはまた異なるものの、繊細でダビーな音像に囲まれた頼りなげな節回しはある種の賛美歌のようにナイーヴな響きを伴っていて、筆者は一聴した瞬間にディアンジェロやドゥウェレを連想した(例えば“The Wilhelm Scream”はメロディーも含めてモロに初期のドゥウェレだ)。あるいは往年のポーティスヘッドなどの空気を嗅ぎ取るリスナーも多いだろうし、昨今のUSインディーに通じるメランコリックなシンガー・ソングライターの一人として楽しむ人もいるだろう。ポツンとした空間に素朴なエモーションを投げ込む姿にはドレイクあたりとの同時代性を感じることもできる……とまで書けば飛躍しすぎ? 少なくとも、ベッドルームでのリスニングに特化した今回の作風が、より幅広いリスナーと親密な関係を築くのに適しているのは間違いない。

〈ポスト・ダブステップ〉という言葉をひとつのジャンルのように規定するなら判断は聴き手次第となろうが、その言葉を本来の〈ダブステップ以降〉という意味でシンプルに捉えるのなら、これは間違いなくダブステップを通過したからこそ生まれ得たポップソング、ポップ・ミュージックである。控えめに言っても、2011年のNo.1が早くも決定……とか口を滑らせたくなるような、勢いと風格と決定的な何かを備えた作品じゃないだろうか。

 

▼ジェイムズ・ブレイクの楽曲を収録した作品。

左から、2009年のコンピ『Steppas' Delight 2』(Soul Jazz)、ディプロが監修した2010年のコンピ『Blow Your Head Vol 1: Diplo Presents Dubstep』(Mad Decent/Downtown)、スクーバの手掛けた2010年のミックスCD『Sub: Stance Mixd By Scuba』(Ostgut Ton)

 

▼関連盤を紹介。

左から、フライング・ロータスの2010年作『Cosmogramma』(Warp)、ファイストの2007年作『The Reminder』(Polydor)、ドゥウェレの2003年作『Subject』(Barak/Virgin)

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