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〈KAAT〉神奈川芸術劇場(3)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年03月04日 19:46

更新: 2011年03月04日 20:19

ソース: intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)

text:片山杜秀

●芥川の堂々巡り

それに比べると23号室の芥川君は不幸です。彼は旗本の血筋を引く江戸っ子ですが、残念ながら江戸時代の生まれではない。根っからの近代人。しかもインテリだ。東京帝国大学の出身です。近松先生や徳兵衛君と違って観音様とか極楽とか天国とかを素直に信じることができない。聖なる力に頼って遠くへ行けない。

ではどうすればいいのか。芥川君は愛妻の文さんを得、娑婆と遮断された家庭という名の愛情の王国の建立を夢見ました。しかし家庭はやっぱり娑婆の一部分です。どんなに閉鎖しようと思っても不自由な現実が入り込んでくる。それで芥川君は文さんを放り出して逃げた。芥川君は聖なる力を信じなかったが奇想や風刺やマジックの力には多少は頼っていた。それで頑張って旅をしたら河童の国に行ってしまった。河童の国は理想郷には程遠い。人間世界とかなり似ている。わざわざ行ったかいもない。愛もユートピアも駄目なら、無になるしかない。芥川君はついに単独で自殺しました。愛を信じなければ心中も無意味だ。しかし人間は無にもなれないのですよ。その証拠に芥川君は作品というかたちで娑婆にとどまり、本人も23号室でなおも苦しんでおります。どこに出口があるのか。どうすれば旅立てるのか。今日も彼は髪をかきむしっております。

今度、横浜で芥川君の『河童』、それに『歯車』や『或阿呆の一生』や文さんへの手紙を織り交ぜた芝居が上演されるそうです。逃亡志願者の芥川君が、うまく逃げだそうとして迷宮にはまり、堂々巡りの旅に陥ってしまった経過が、巧みに描かれそうです。芥川君も是非観劇して、逃げ出し方を考え直したいと今から楽しみにしています。これもS博士の外出許可が下りればの話ですが。

●おりんの無限逃亡

24号室のおりんさんは瞽女です。盲目の遊芸の民のひとりです。最初から人生が旅。果てしなく旅をして銭を稼ぐ。生きる。旅することでどんどん不自由になり囚われてゆく。徳兵衛君や芥川君とはそこが違う。そこでおりんさんは旅から逃げるために新たな旅をすることにしたのです。しかし心中も自殺もしない。ただずっと逃げ回るのです。平太郎君という徴兵忌避のお尋ね者と一緒に。犯罪者と一緒ですから逃げ続けるしかない。

おりんさんは明治大正の人です。芥川君と同時代人です。平太郎君と心中すれば観音様が助けてくれるとはもはや思っていないし、虚無的インテリの芥川君と違って生存意欲旺盛ですから、自らを無にする発想もない。いつか不自由な世界が壊れるまでその世界の中を見つからないように無限に逃げ続けようとする。捕まるのが先か、世界が壊れるのが先か。

そうしておりんさんは現在は24号室に潜んでおります。でも、横浜で自分の逃避行が人形劇になるというので見に行きたがっています。憲兵につかまったら大変だから思いとどまるように申しておりますが。S博士もきっとお許しにならないでしょう。

はて、徳兵衛君はうまく逃げ出し、芥川君は堂々巡りの旅を続け、おりんさんは今も逃げおおせているのでしょうか。けっきょく私にはよく分かりません。なぜなら私たちは揃って今日もS病院に囚われているのですから。私は皆さんにどうか私たちをS病院から逃がしてくれるようにお願いしたい。あっ、もうそろそろS博士の診療時間であります。私は病室に帰ります。さようなら。アハハハ、アハハハ……。

 

『Kappa/或小説』(原作:芥川龍之介)
3/11(金)~3/21(月・祝)
演出/三浦基
原作/芥川龍之介
戯曲/永山智行 
出演/安部聡子、石田大、大庭裕介、窪田史恵、河野早紀、小林洋平、谷弘恵

『杉本文楽 木偶坊 入情 曾根崎心中付り観音廻り』
3/23(水)~3/27(日)
構成・演出・美術・映像/杉本博司
作曲・演出/鶴澤清治
出演/豊竹嶋大夫、鶴澤清治、吉田簑助、
桐竹勘十郎 ほか
振付/山村若 
映像/岸本康

人形劇俳優たいらじょう『はなれ瞽女おりん』
3/25(金)~3/27(日)
原作/水上勉
脚本・演出・美術・作曲・人形操演/平常(たいら・じょう)

会場:KAAT神奈川芸術劇場
みなとみらい線日本大通り駅より徒歩5分
http://www.kaat.jp/

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