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Brian Eno(2)

90年代後半以降の、つまり『A YEAR』の執筆以降のイーノの音楽家としての活動は、音楽を中心に据えたものではなくなっていった。それは映像やソフトウェア、あるいはアート全般との積極的な関わりの中から音楽はいわば抜粋してリリースされていった感が強い。そして、それらはポップ・ミュージックの範疇には入らないのだが、イーノがポップ・ミュージックの在り方から抽出した周辺的なるものの音楽要素(その一部はアンビエント・ミュージックとしても結実した)をより推し進め、ポップ・ミュージックとはまた別の、音楽が中心ではない表現が伝播する可能性を探っているようだった。

そして、問題の『スモール・クラフト・オン・ア・ミルク・シー』だ。本作にはイーノのヴォーカルはフィーチャーされていないし、ヴォーカル曲もない。映像などのコンテンツとのコラボーレーション的な作品でもない。純然たるソロ・アルバムとして制作されたようだ。しかもリリース元はWARPだ(しかし、このことは意外には思わなかったが)。近年のリリースとはやや趣の異なったイメージを与える。アルバムは1曲目から落ち着いたアンビエント・タッチの曲調で始まる。静かな流れは3曲目まで続く。なるほどアンビエントのアルバムに再び挑んだのか、と思い始めた矢先に、4曲目で突然展開は変化する。140を超えるBPMのミニマルでハードなビートが導入される。もちろん聴く者ははっとする。続く5曲目ではさらにBPMが上がり、ビートは細かい粒子のように霧散していく展開となる。6曲目でもBPMはそれほど下がらず、途中からダイナミックなドラムが重なり、エレクトリック・ギターのハードなカッティングも加わってまるでソニック・ユースのような展開にもなる。ギターはイーノとも近年仕事を共にしてきた英国王立音楽大学出身の若きギタリスト/プロデューサーのレオ・エイブラハムズ。『スモール・クラフト・オン・ア・ミルク・シー』にクレジットされている2人の協力者の一人だ。7曲目以降は、少しBPMも落ち着いてはくるがビートを主軸とした展開が続く。ギターもフィーチャーされているが、エレクトロニカ的な繊細な音使いが試されていく。そして10曲目以降からは、再びビートレスのアンビエント・タッチの展開に戻っていく。ひとつのムードに落ち着かせない展開と全体を覆う深いアンビエンスとの不可思議なバランスがこのアルバムに独特の空気をもたらしている。ちなみに、エイブラハムズによるとアルバムのほとんどの楽曲は即興をベースに作られたのだという。

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カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年12月15日 20:04

更新: 2010年12月17日 11:40

ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)

text:原雅明

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