ジョン・アダムズ インタヴュー(2)
カテゴリ : Exotic Grammar
掲載: 2010年12月09日 11:19
更新: 2010年12月09日 14:26
ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)
Interview&text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
──DVDのアムステルダム上演版では、第2幕のキティの歌を追加作曲しましたね。
「初演後、こんな批評が出ました。「キティは重要人物なのに途中から消えてしまい、誰にも行方がわからない」。明らかにドラマツルギー上の欠陥があると気付きました。そこで、またしても難解なルーカイザーの詩に戻り(笑)、いっそう難解な部分を用いて追加作曲したのです。キティは、彼女なりのやり方で人類に警告を発しています。「いったい、お前たちは何をやっているんだ?」と。非常に神話的な歌を歌うのですが、その結果、オペラ全体がよりギリシャ悲劇に近くなったと思います。ギリシャ悲劇は神話的視点から〈世界の運命〉を語りますが、この作品が描いている原爆開発も〈世界の運命〉の鍵を握っています」
──『ドクター・アトミック』は、まさにアメリカの〈原爆神話〉にメスを入れた作品だと思いますが、タイトルが非常に似ている映画『博士の異常な愛情』(原題は『ドクター・ストレンジラヴ』)もある意味で原爆の〈神話〉と言えるかもしれません。
「ファンが多いことは承知していますが、個人的には嫌いな映画です。あの作品に見られる、強烈にシニカルなブラックユーモアは、この種の問題を扱う手段としては不適切だと思います。ただし、この映画が〈アメリカの神話〉の一部となったのは事実です。現代のアメリカ英語では、ストレンジラヴという単語を形容詞として使いますしね。でも、やっぱり好きになれません」
オペラ『ドクター・アトミック』©Marco Borggreve
──非常に興味深いのは、『ドクター・アトミック』とワーグナーの『ラインの黄金』の間にいくつかの類似点が見られることです。両方とも〈手つかずの自然〉から権力(パワー)を生み出す話ですし、前者の冒頭で物理学の真理について歌う合唱部分は、後者の第1場でラインの乙女たちが歌うアンサンブル部分に相当します。さらに、前者に登場する先住民族の家政婦パスクァリータと、後者に登場するエルダは共に〈大地の母〉というべき存在で、低い声域がメゾまたはアルトという点でも共通しています。
「よくご覧になっていますね。ワーグナーを模倣したと言われると微妙ですが、確かに作曲中はワーグナーを参考にしました。ご存知のように『ニーベルングの指環』は、自然界の荒廃を描いています。この作品が描く原爆開発についても、同じですね。作曲の意図をよく理解していると思います」
──音楽的な観点から見ますと、時計の針音のようなパルスのリズムが、全曲に強い緊張感をもたらしていると思いました。冒頭の序曲から、いきなりティンパニと金管が針音のパルスを刻みますが、これは実験の〈タイムリミット〉が迫った状況を表しているのですね。
「まったくその通りです。オペラ全体に針音のようなリズムを鳴らすことで、原爆実験のカウントダウンが間近に迫る恐怖感を表現できたのではないかと思います。マンハッタン計画の科学者や軍人は(実験を命じた)トルーマン大統領の重圧を直に受けていました。凄まじいまでの重圧をね」
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