ANTONY AND THE JOHNSONS
永遠の別れ、その先にある新たな生命と希望の光
今年2月、東京は草月ホールで2日間に渡って行われたアントニーの来日公演を観ることができた人なら、むせび泣くような、高らかに生を謳歌しているような、切実に何かを訴えかけているような“The Crying Light”を披露したクライマックスを忘れてはいないだろう。あれこそ、アントニー・ヘガティという両性具有シンガー・ソングライターが本領を発揮した瞬間だったし、音楽に向かうモチヴェーションがそこで結実した瞬間でもあった。
その約4か月後、ステージで共演した大野慶人の父、大野一雄が6月1日に亡くなった。103歳の大往生だった。一雄はアントニーが10代の頃から心酔してきた前衛舞踏家の草分け。前作『The Crying Light』のジャケットにもあしらわれ、そのアルバム自体がまるで一雄に捧げられたような一枚であったことから、彼の存在を知った若い音楽ファンも多かったことだろう。高齢のため舞台に立つことはできなかったものの、アントニーは来日時に一雄を訪ね、短いながらも共に時間を過ごしたそうで、後日アントニーにその時の様子を訊いたところ、大変穏やかな口調と優しい表情で一雄への感謝を口にしていた。もしかすると、充実の〈共演〉と、その後訪れた永遠の別れを体験したことによって、アントニーは表現者としてひとつの境地に辿り着いたのかもしれない。ここに届いたニュー・アルバム『Swanlights』は、そんなアントニーのこれまでとこれからが実に軽やかに交錯した大傑作となった。
〈生命と光〉から〈再生〉へ
楽曲そのものは『The Crying Light』収録曲とほぼ同時期に書かれたそうで、タイトルからしても姉妹アルバムのような関係にある本作。だが、曲調は『The Crying Light』とはある種正反対のタッチになっていて、ブライトで晴れ晴れとしたものが多い。若手作曲家/前衛音楽家のニコ・ミューリーがアントニーと共作/アレンジした“Ghost”“Salt Silver Oxygen”の2曲には、ロンドン交響楽団やデンマーク国立室内管弦楽団が参加しており、アントニーの歌声とオーケストレーションとの相性の良さを改めて知らしめてくれているが、その2曲でさえも過去のどの曲よりも風通しの良い出来となっている。アルバムとしては今作が4枚目になるが、恐らくこれまでの作品と比べて軽やかかつ聴きやすいと感じる人も多いのではないかと思う。
そう感じさせる理由のひとつは、アントニーの生涯のテーマであり、テーゼでもある〈生命と光〉がここでひとつの帰結を見せているからだろう。前作でひとつの壮大な生命物語を作り、それがなかなか達成できぬことへのもどかしさやジレンマも練り込ませていたアントニーだったが、今作は母なる大地とのリインカーネーションへの理想を描いたようなリリックが多い。すなわち、ある意味で〈再生〉〈蘇生〉が題材の主軸となっているのだ。
例えば、新作にはいくつかのキーワードが繰り返し、あるいは異なった様相となって登場する。〈海〉〈水〉〈ゴースト〉〈鳥〉、そして〈死〉。それらの言葉は実にたおやかで逞しく、時には眩しいまでの輝きを帯びながら、新たな土壌、生命の息吹を形作っていく。そう、アントニーの来日公演のクライマックスで聴かせてくれた“The Crying Light”のあの断末魔にも似た歌声が、この『Swanlights』では実に穏やかに、時折オプティミスティックなまでに描かれているのである。
生命は失われても大地に返ってリボーンするに違いない——そんな確証にも似た手応えが、もはや何にも例えようのないアントニーのエンジェリック・ヴォイスに澱みのない希望の光となって降り注いでいるのがわかる。生命力の塊のようなヴォーカリスト、ビョークとのデュエット曲“Fletta”などはその象徴のようなナンバーと言えよう(アントニーはかつてビョークの『Volta』に参加していた)。
彷徨い続けるアメリカへのエール
そんな〈再生〉を謳った本作から見えてくるのは、みずからのテーゼの確認と共に、現代のアメリカ社会に向けた目線だ。現在アントニーはNYを拠点にしているが、もともとはイギリス人。アメリカの文化などに極端な思い入れを見せるミュージシャンではないものの、それでもここからは依然として希望を見い出せずに精神的に彷徨い続ける合衆国国民へのエールが感じられるのだが、どうだろうか。
この新作はアントニー自身による写真や絵画などを多数収めたアートブック仕様でも発表されている(輸入盤のみで、こちらのCDにはビョークとの共演曲が含まれていない)。それは40歳となったアントニーのこれまでの半生を1ページ1ページに刷り込んだ日記のような作品集だ。「しばらくアルバムのリリースはないかもしれない」と話すアントニー。しかし、それもむべなるかなと思えるほどの心血が、ここに注がれている。ひとつの歴史がこのなかに込められているのだ。
▼アントニー・ヘガティの参加作品を紹介。
左から、マトモスの2005年作『The Rose Has Teeth In The Mouth Of A Beast』(Matador)、ビョークの2007年作『Volta』(Polydor)、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの2008年作『Hercules And Love Affair』(DFA)
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