ノルウェイの森/死刑台のエレベーター(2)
そうした監督とのやりとりからは、監督がサントラを映画の重要な要素として捉えているということが伝わってくる。いっぽう、日本文化に強い興味を持っているジョニーは、映画を観る前から原作を読んでイマジネーションの赴くままに作曲を始めた。
「小説に描かれている情景や、登場人物からインスパイアされながら曲を書いていったんだ。例えば登場人物達の〈未完成さ〉をどうやって音に表現しようかと考えたり、小説でレイコがピアノをやめてギターを独学で習得した箇所もとても気になったよ。小説のなかでもとても面白い箇所だと思ったし、〈レイコならどんな音楽を作って、どんなふうに演奏していたんだろう?〉って考えたね。最終的に、パーソナルな場面や登場人物の性格を描写する場面は室内楽で表現した。例えば恋愛がテーマになるシーンや、登場人物二人が話をしているような親密な雰囲気のシーンでは、弦楽器による室内楽にしたんだ。僕から監督に『ロマンティックなシーンでは、映画のストーリーをより身近に感じられるような音楽が要るね』と話をしたのを覚えているよ。いっぽう、自然の景色や死など人間にコントロールできない大きな力が働いている場面ではオーケストラを使ったんだ」
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン
作曲家としてのジョニーの特徴のひとつは、クラシックや現代音楽から影響を受けたオーケストラ・サウンドにある。バンドではギタリストとして活動しているが、オックスフォード大学で心理学と音楽を学んだジョニーは、ギター以外にも、シンセサイザーやストリングスなど、さまざまな楽器をこなすことができるマルチ・プレイヤー。子供の頃にクラシックを学んでいた時期もあったそうだが、04年にBBCの専属作曲家に選ばれてBBCの設備やオーケストラを自由に使う特権を手に入れてから、ジョニーはその多彩な才能を大きく開花させていった。
「僕はオーケストラの持つ独特の複雑さが好きなんだ。多くの人が関わることで質感が変化に富んでいるからね。オーケストラの魅力は、もし同じ作品を10回演奏したら、毎回違う音楽に聞こえることだ。オーケストラは大勢の人間からなる〈生きた動物〉で、とても不思議なものなんだ。でもレコーディングをする時は、ちょっと不安だったりもする。オーケストラでは楽譜の準備に何週間もの期間が必要なのに、楽団員が集合して録音するのはたった一日。大勢が集まり一度で録音を成功させなければいけないのは、すごくエキサイティングな作業だよ。何日もかけるレディオヘッドのレコーディングとは、やり方がまったく違うからね」
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カテゴリ : Exotic Grammar
掲載: 2010年10月27日 21:40
更新: 2010年10月27日 22:14
ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)
text:村尾泰郎