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Wake Up Everybody

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2010年09月22日 17:59

ソース: bounce 325号 (2010年9月25日発行)

構成・文/高橋芳朗

 

ジョン・レジェンドとルーツは君に語りかける

 

 

ジョン・レジェンドの新作『Wake Up!』は、ルーツとタッグを組んだ60~70年代のブラック・ミュージックのカヴァー・アルバムになる——そんなニュースが出回りはじめた今年2月、ちょうど来日していたルーツのクエストラヴに直接話を訊く機会に恵まれた。その際、彼はジョンとのセッションについて、やや興奮気味にこんなコメントを残している。

「『Wake Up!』は、ジョンのベストな作品になるって確信している。彼には俺がプロデュースするならダーティーなサウンドにするって伝えたんだ。ディアンジェロの『Voodoo』のようなダーティーなサウンドさ。こんなにダーティーなレコードは『Voodoo』以来作ってないよ」。

クエストラヴのこの発言を目の当たりにして平静を保てるR&B/ヒップホップ・リスナーは、果たしてどれだけいるだろう。こういった局面でディアジェロ『Voodoo』を引き合いに出すことの重みを、ほかの誰よりも弁えている男の威信をかけた宣言。実際、クエストラヴとジョン、そして彼らと共に『Wake Up!』のプロデュースを務めるジェイムズ・ポイザーの3人は、あのエレガントなハイ・サウンドをいまに甦らせたアル・グリーン“Stay With Me(By The Sea)”(2008年の『Lay It Down』で聴ける)をものにした実績があるわけで、ヴィンテージなサウンドを扱う『Wake Up!』はあらかじめそのクォリティーが約束されていたようなところがあった。だが、いざ到着した『Wake Up!』は確かに年間ベスト級の素晴らしいアルバムだが、〈ただの傑作〉ではなかったのである。以下は、『Wake Up!』のリリースに際してのジョンのステイトメントだ。

「このプロジェクトを思いついたのは、2008年夏に繰り広げられた劇的な大統領選——変化と希望を象徴し、それまで奮起することのなかった新たな世代の活動家たちを目覚めさせた、あのキャンペーンの真っ最中のことだった。われわれは一見、無限の可能性を秘めた歴史的変化の時代を生きているように思えるが、一方で深刻な不況、戦争、貧困、失望がいまだに人類の多くを苦しめているのが現実だ。可能性と終わることのない貧困、楽観主義と絶望、行動主義と社会的不安、そして世界の一体感と根強い世界的対立——これらの激しい混在こそが、『Wake Up!』がここにある理由といえる」。

 

 

『Wake Up!』は、オバマ大統領のオフィシャル・サポート・ソング“If You're Out There”を歌ったジョン、そして『Game Theory』や『Rising Down』でブッシュ政権を激しく糾弾してきたルーツが取り上げるのに相応しい、シリアスなコンセプトとヒップホップ的な視座を備え持っていた。アルバムは60年代後半~70年代前半の公民権運動/ブラック・パワー台頭時の楽曲を中心に構成されているが、ここで彼らは当時の社会に向けられたメッセージを現在の激動のアメリカに重ね合わせるという、なんとも大胆なアプローチを取っているのだ。

「カヴァー・アルバムを作るのは難しい。今回の場合、曲のメッセージの内容には特に気を遣わなければならなかった。選曲にあたっては、ヒップホップでサンプリングされやすい曲で強いメッセージのあるものは全部聴いたよ。70年代初期に書かれた歌詞は、間違いなく現在にもぴったりハマるんだ。要は、新しい世代が入り込んでこのレースを終わらせるためにがんばってもらわなきゃいけないってことだね。そのためにも、ヒップホップ・クラシックを生み出したツールを利用させてもらったってわけ。あとプロダクションに関して言うと、ジョンはクリーンで洗練されたヴォーカリストだから、俺は彼からがむしゃらな感じのしゃがれた声を引き出したかった。そうすることによって、ジョンのヴォーカルを通じてみんなが曲のメッセージを信じることができるんだよ。それが大切なのさ」(クエストラヴ)。

「『Wake Up!』は、われわれにはまだ解決しなければならない問題がたくさん残っていることを示唆している。歌詞をじっくりと聴いていると、ある意味滑稽に思えてくるはずだよ。ほとんどの曲で扱っている不満は、いまみんなが抱えている不満となんら変わらないんだからね。あとは、ヒップホップを巧く融合することもこのプロジェクトの重要な目的だった。僕たちのアルバムをサンプリングしやすいものにもしたかったんだ。それが『Wake Up!』でのヒップホップの形といえるね」(ジョン)。

「ジョンは有名曲のネームヴァリューを利用しようとしているわけじゃない。アーティストとして、普通とは違う作品を作る危険な賭けに出たんだ」というクエストラヴの発言にもある通り、『Wake Up!』が強く訴えかけているのは聴き手のノスタルジーではなく問題意識だ。去る9月23日、『Wake Up!』のリリースを記念したライヴ・ウェブキャストの監督をスパイク・リーが担当していたのは偶然でもなんでもない。民衆に覚醒を促すこのアルバム・タイトルは、映画「スクール・デイズ」のラストのあの〈Wake Up!〉の叫びに見事に呼応しているのである。

「かつてニーナ・シモンは〈時代を反映することはアーティストの義務である〉と述べていたが、まさにそれこそが『Wake Up!』のテーマだった。時代に語りかけるような作品を作りたい——いまこそ、そういう音楽が必要とされていると確信したんだ」(ジョン)。

 

▼ジョン・レジェンドのアルバムを紹介。

左から、2004年作『Get Lifted』、2006年作『Once Again』、2007年のライヴ盤『Live From Philadelphia』、2008年作『Evolver』(すべてG.O.O.D./Columbia)

 

▼ルーツの近作を紹介。

左から、2008年作『Rising Down』、2010年作『How I Got Over』(共にDef Jam)、クエストラヴの制作によるアル・グリーンの2008年作『Lay It Down』(Blue Note)

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