LATIN BEAT FILM FESTIVAL 2010(2)
カテゴリ : Exotic Grammar
掲載: 2010年09月10日 21:28
更新: 2010年09月10日 22:02
ソース: intoxicate vol.87 (2010年8月20日発行)
text:長屋美保
そんな、日本でなかなか触れる事のできないラテンアメリカのリアルな一面に迫るのが、今年で7回目を迎えるラテンビート映画祭だ。かねてからラテンアメリカ、スペインの良質な映画を紹介してきたが、今年は社会派ドキュメンタリー作品も盛り込んでグレードアップし、東京、横浜、京都の3都市で開催。さらに京都ではクストリッツアの『マラドーナ(MARADONA)』、ルイス・ブニュエルの名作『哀しみのトリスターナ(TRISTANA)』のほか、『ボルベール<帰郷>(VOLVER)』(ペドロ・アルモドバル監督)、『モーターサイクル・ダイアリーズ(DIARIOS DE MOTOCICLETA)』(ヴァルテル・サレス監督)『天国の口、終わりの楽園(Y TU MAMA TAMBIEN)』(アルフォンソ・クアロン監督)といった日本でも話題を呼んだ旧作も上映される。
新作プログラムでは前述のコッポラの『テトロ(TETRO)』やストーンの『国境の南(SOUTH OF THE BORDER)』はもちろん、やはりラテンアメリカ勢が面白い。カニバリズムというタブーをテーマにしているにも関わらず、今年のカンヌ映画祭で上映され好評だったメキシコ映画『猟奇的な家族(SOMOS LO QUE HAY)』、エキセントリックな家政婦が繰り広げる騒動をブラックユーモアを交えて描くアルゼンチン映画『家政婦ナナの反乱(NANA)』、そしてベルリン国際映画祭で銀熊賞を含む3つの賞を受賞したウルグアイ映画『大男の秘め事(GIGANTE)』(アドリアン・ビニエス監督)に注目したい。デスメタル好きで体格もいいのに、引っ込み思案な男性警備員の密かな片思いがエスカレートしていく様を軽妙なドラマに仕上げている。
音楽ものでは、スペインを代表する監督カルロス・サウラが、ギタリスト、パコ・デ・ルシアや歌手ホセ・メルセほかフラメンコの音楽家や踊り子を追ったドキュメンタリー『フラメンコ×フラメンコ(FLAMENCO FLAMENCO)』や、キューバ音楽にまつわる5本シリーズのドキュメンタリー、『キューバ音楽の歴史(HISTORIAS DE LA MÚSICA CUBANA)』のなかの2作品が上映される。1940年代に生まれた音楽=フィーリンについて、ブエナビスタ・ソシアル・クラブの参加で再評価されたオマーラ・ポルトゥンドなどの歌手たちの歴史を交えて描く『フィーリン(気持ち)を込めて:昔と今のメイン・シンガー(DECIR CON FEELING)』(レベカ・チャベス監督)と、チューチョ・バルデスほかキューバンジャズの巨匠たちが、キューバとアメリカを舞台に発展したジャズについて語る『キューバ・ジャズへの眼差し(MANTECA, MONDONGO Y BACALAO CON PAN)』(パベル・ジロー監督)で、キューバ音楽ファンは見逃せない2本だ。
ラテンアメリカの現実を鋭く捉えた作品も多く上映される。列車に乗り込み、アメリカ合衆国へ向かう中米からの不法移民の過酷な状況に迫ったドキュメンタリー『僕らのうちはどこ?-国境を目指す子供たち-
(WHICH WAY HOME)』(レベッカ・カンミサ監督)、ブラジルの貧民街、ファべーラを舞台にした若手監督たちによるオムニバス・ドラマ『ファベーラ物語(5VEZES FAVELA)』、労働者階級出身ながらも、ブラジルの大統領となったルラ・ダ・シルヴァの伝記映画『ルラ、ブラジルの息子(LULA, O FILHO DO BRASIL)』(ファビオ・バヘト、マルセロ・サンチアゴ監督)など。そのなかでも、2010年のサンダンス映画祭で上映され、世に衝撃を与えたコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルのドキュメンタリー『わが父の大罪 -麻薬王パブロ・エスコバル-(PECADOS DE MI PADRE)』(ニコラス・エンテル監督)は強烈。麻薬産業で巨万の富を築き、容赦なく敵対者を殺してきたにも関わらず、貧困層の人々に莫大な寄付をしたことでコロンビアのロビンフッドとも呼ばれていたエスコバル。貴重な当時の映像をふんだんに使い、現在のエスコバルの息子=セバスティアンの姿もあわせて追う。セバスティアンは自らの過去に決着をつけるために父エスコバルに殺された政治家の息子たちと対面する覚悟を決めるのだが……。常に暴力とともにあった過去を背負いながらも、前進していく人々の姿を捉え、単なる記録に留まっていない秀逸な作品だ。
『ルラ、ブラジルの息子』