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インタヴュー マシュー・ハーバート(2)

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年08月17日 16:53

更新: 2010年08月17日 17:50

ソース: intoxicate vol.86 (2010年6月20日発行)

interview & text:國枝志郎

それにしても、なぜ今〈One〉なのか。マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドの『ゼアズ・ミー、ゼアズ・ユー』では、400人ものミュージシャンを起用したというのに。

「そう、まさにその『ゼアズ・ミー~』を作った反動なんだ。あれはメンバーが多くて、ものすごい労力と時間がかかったスケールの大きいものだったから、その反動で今回はシンプルで削ぎ落とされたものに焦点を当てたかったというのもあるし、また前作ではカトリックの問題やパレスチナ紛争の問題など、多岐にわたるテーマを取り上げたから、今回は自分ひとりでも扱える問題に焦点を当てたかったというのもある。間違いなく自分の創作意欲の原動力になっているのは〈反動〉なんだ。同じことを繰り返さないことが重要なんだよ」

ということで、『One One』に続く三部作第二弾『One Club』が待たれるところだが、その前に今年はもうひとつ、あっと驚くアルバムが姿を現す。近代最大のシンフォニスト、グスタフ・マーラーの《交響曲第10番~アダージョ》をRemixならぬRecomposed(再作曲)したアルバム『Symphony X』がそれだ。2008年秋に、カラヤン/ベルリン・フィルの《ボレロ/展覧会の絵》を、ベルリンの鬼才モーリッツ・フォン・オズワルドとデトロイトの重鎮カール・クレイグがRecomposeしたアルバムが発表されて大きな話題となったが、同じシリーズでハーバートがとりあげるのは、今年2010年に生誕150年を迎えるマーラーの未完成のシンフォニーなのだ。

「ぼくは映画音楽のスコアをいくつか手掛けたことはあるけど、オーケストラにチャレンジしたことはまだない。オファーはあるんだけど、今はまだ断っている。ビッグ・バンドのために曲を書いたとき、ぼくが競争しなければならない相手はエリントンやギル・エヴァンス、スタン・ケントンみたいな人たちだった。それですらタフな相手なのに、クラシックをやるとなると、ベートーヴェンとかショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーのような人たちを相手にしなけりゃいけない(笑)。まだまだぼくのスキルでは無理だと思う。だけど今回やった『Symphony X』は、ぼくとマーラーのふたりで作品を作ったという感覚があって、ぼくひとりではないから乗り越えられたと思ってるよ。【ドイツ・グラモフォン】からオファーを受けてから結論を出すまでに4年もかかっちゃったけどね」

【ドイツ・グラモフォン】からは、20あまりのカタログを提示され、その中から彼自身がマーラーのこの曲を選んだのだという。オリジナルの演奏はジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団によるもの。この演奏は同曲の、もっともゆっくりした演奏として知られるものである。

「マーラーは以前から好きだったんだ。特に10番は美しい。マーラーは個人的な葛藤を普遍的な曲に昇華させた。だからこそ人気があるんだ。この10番は、奥さんであるアルマの不倫や愛娘の死、マーラー自身の心臓病の発覚などの時期に作られたもので、とても運命的な曲、呪われたというか、死の雰囲気が漂う曲だ。だからぼくは今回、火葬場や霊柩車、棺の中で録音をして、死のエレメントを音楽に取り込めるようにしてみたんだ。マーラーが作曲を行なっていたイタリアのトブラッハの別荘で録音したパートもあるし、曲の冒頭のヴィオラの旋律は、マーラーの墓の前で録音したんだ。実際、そんなときに誰かの足音が聞こえたりすると、マーラーの幽霊がいるんじゃないかって思ったりね」

生と死は隣り合わせなものだが、死のエレメントがあれば生のそれもあるのでは?

「マーラーのメロディには暖かみがある。それは生そのものじゃないか? 今回の録音には人の足音や話し声、鳥のさえずり、雪の降りしきる音、車のエンジン音なんかも入っているんだけど、そういう音も生を表していると思うね」

 

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